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水谷隼の逆襲「誰も知らないところで挑戦して、そこを絶対乗り越えて いこうと思いました」

全日本で丹羽に負けた時は

認めたくなかったんですよ。

でも、その後ビッグトーナメントで

試合をして、

勝ったんだけど、やっていてこれは

本物だなと認めました

 

純粋に強くなりたかったんですよ。

日本で限界を感じていたし……

 

ロンドン五輪の後、「ブースター問題」で卓球に集中できず、その後の全日本選手権では丹羽孝希に敗れた水谷。

しかし、今シーズン、UMMCに所属し、ロシアリーグとECLに参戦しつつ、ワールドツアーにも出場。またDIOジャパン、フリーデンともスポンサー契約を結び、個人的にドイツのフリッケンハオゼンの邱建新とコーチ契約を結ぶなどアクティブな動きを見せている。

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●ー今シーズンはUMMCというクラブで、ロシアリーグに出て、ECLにも出ている。環境を変えた理由は?

水谷 ひとつはチャレンジ精神ですね。また海外リーグに挑戦してみたかった。ドイツにいた時には、4人でみんなで生活していて、楽だったし、助け合ったり、支え合ったりしてた。今回は、ひとりで生活し、練習し、コミュニケーションを取らなければいけない。すべてに自己管理をしっかりしてやっていこうと思っています。

 

●ーなぜそのように考えるようになったんだろう。

水谷 オリンピックが終わって、ブースター問題があったけど、その後に(ナショナルチームは)新体制になった。監督やコーチが変わって、海外でやるよりは日本でやりたかったし、そこで1年間様子を見た結果、自分で新しく挑戦したくなったんです。

 

●ー隼は群れをなすことを嫌うタイプだよね。単身、ロシアでプレーして、環境へのストレスはないんだろうか。

水谷 ぼくの中ではすごく楽しいです。有意義な時間です。ドイツはドイツで楽しかったけど、一方で大変だったし、日本に帰りたいと思っていました。

 

●ーあえて、今、ひとりで誰もいないロシアで挑戦するのは大変だと思うけど。

水谷 純粋に強くなりたかったんですよ。日本で限界を感じていたし、どうしたら強くなれるんだろうと考えた時に、もう一度海外で挑戦しようとパッと思ったので、すぐに行動に移したんです。

 

●ーその時にブンデスリーガでもなく、中国の超級リーグでもなくて、誰も知らないロシアリーグだったのはなぜだろう。

水谷 過去に吉田海偉さんは行っているけど、誰も知らないリーグ、だからこそ惹かれました。誰も知らないところで挑戦して、そこを絶対乗り越えていこうと思いました。

 

●ー今まで4カ月ほどプレーして、どういう感触だろう。

水谷 最高ですね。「ああ、自分はプロだな」と感じます。毎日チームメイトと一緒に練習して、一緒に食事をしているし、完全に卓球だけに集中しています。

 

●ー日本には有望な選手が多いけど、クラブからのオファーがあっても、断って居心地の良い日本を選ぶ。プロ選手として海外で挑戦する人が減っている気もする。

水谷 日本で満足しているんだったら日本に残るべきだと思います。海外が大変なのは間違いない。言葉は通じないし、好きなものは食べられないし、Wi-Fiがつながらなかったら携帯も使えない。インターネットがつながらないとパソコンも使えない。それが大変です。それに外人の選手とずっと同じ部屋にいるのも苦しい。

そういうことすべてを自分の思いどおりの契約にすれば、やれるんでしょうけど、外人と同じ部屋で、食事もみんなと一緒で、それが1カ月も2カ月も続くと相当ストレスがたまって、日本に帰りたくなるんでしょうね。

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