そもそものきっかけは昨年の世界選手権成都大会の総評だった。
東京五輪後にすっかりテレビでのコメンテーターが板につき、バラエティー番組や講演、イベント参加で忙しい水谷隼(あえて「さん」付けでないことはお許しを)。
成都大会の期間中に久しぶりに食事をしながら彼の立ち位置や悩みなどを聞いているうちに、改めて話を聞くすることを約束し、その取材は2023年2月号で【「水谷隼」が歩む道 金メダリストのセカンドキャリア】として掲載。
一方、水谷隼という稀代のチャンピオンの卓球への深い知識と、分析能力は成都大会中のテレビ解説でも発揮され、多くの方から絶賛の声があがった。そこで大会終了と同時に総評をお願いし、1月の全日本選手権の後にも「隼の眼」として、鋭く「全日本」を斬ってもらい、好評を博した。選手の戦術のみならず、その心理にも及ぶ「深読み」はさすがというほかない。
そこで春からの新連載で「卓球の戦術やメンタルに関する連載を持ってほしい」と依頼。快諾してくれたのだが、その時に、「まずはぼくの13回の全日本決勝を振り返りましょう」という企画を提案された。本当は最近の選手の分析をお願いしたかったのだが、おそらく戦い方やメンタルの機微は最も知り尽くしている自分の試合のことを通してやれると彼が思ったのだろう。そういうわけで、この連載の構想はスタート、するはずだった。
まずは卓球王国で当時2007年の全日本決勝の動画を見ながら、思い出してもらう。水谷自身が動画を見ながら発する言葉を書き留め、それに彼自身が肉付けしながら原稿を作っていく共同作業だ。こちらはできるだけ、戦術や勝負どころでの心理面を聞いて、書き加えていこうとするのだが、本人は様々なことを思い出す。当時のスピードグルーの話やら、決勝だけでない、そこに至るまでの苦しい試合など、素晴らしい記憶力ゆえに、勝負どころでのスコアまで鮮明に蘇ってくる。
そして肉付けした最初の原稿を送る。返事が来ない。仕事も忙しいし、あまり催促するのも失礼だ。ところが、5日間ほど経っても何の返事もないので、さりげなくメールをする。すると「どうも自分の原稿じゃないみたい、頭に入ってこない」と返事が入る。
来た〜、水谷隼との試合がスタートした。今まで3冊の書籍を上梓し、何本ものインタビューをしてきたけれど、いつもこのパターンなのだ。
タイトルも <水谷隼「試合で負ける理由と勝つ方法」>というのを用意したのに、あっさりダメ出し。「ちょっと待っててください、今移動中の新幹線。新潟に行くまで書きますから」との本人のメール。「もっと視聴者に訴える内容にしましょう」と来たけれど、「視聴者じゃなくて、卓球王国の読者だからね」と返す。
新幹線から、連載の書き出し、20行くらい書いたものを送ってくる。「今野さんが好きそうな言葉を抜粋しました」。そうか。「そのまま書いてね」と返事。「わかりました。とりあえず家に夜の8時半くらいには着くので、それまでに書いて、電話します」とやりとり。この時点で締切はいやおうなしに迫ってきていた。
午後9時を過ぎても連絡なし。「もう書き終わった?」とメールすると、「何も書いてない」と冷たい返事。調子良く書き出したのにその後、寝てしまったらしい。急きょ、翌日に会う約束。たまたま彼がオフの日だった。「今の感じで書くと完全に自叙伝なりそうなので、今野さんに先導してもらったほうが良さそうです」。そうか……。前回の動画を見ながらのおしゃべり、ではなく口述筆記は何だったのか……。
翌朝の10時に迎えに行き、彼の自宅近くのホテルのレストランでICレコーダーを回しながらの原稿作成。ランチ後に会社に戻り、すぐさま原稿を作り、メールで送ると、彼はこちらの文章に自らの考えを書き入れて原稿は戻ってきたが、2回目のダメ出し。「まだ内容が薄い」。妥協しない王者。他のページは入稿され、残るは水谷隼の連載ページだけ。まるで決勝にひとり勝ち残っているアスリート(意味は違うが)。
そして彼の修正を反映させ、書き直した文章を送ると、さらに「戦術も入れ込んで書きました」と原稿が返ってきた。「今日は冴えてます」と絵文字入りで再び送られてくる。ところが、彼の頭が冴え、筆が走ったために原稿の文量が増えた。その旨を伝える。
「自分に酔っている」との返事。こちらも締め切り前に酔いそうだ。そして夜の7時過ぎに文章が完成。連載タイトルも<今明かされる水谷隼「全日本の真実」>になった。これでデザイナーに渡せる。
大きなヘッドラインは「あくまでもこの優勝は通過点。波瀾万丈な人生への第一歩に過ぎないのだ」。本人が作った。確かに酔っている。
4月10日、長い一日は終わった。まるで最終ゲームのジュース、エッジボールで入ってきたドライブにすばやく反応し、体をよじりながら相手コートに返して、勝利をもぎ取ったような状態で、1回目の連載は終わった。この連載を読む方はそんな裏話を頭に浮かべながら、水谷隼連載に目を通してほしい。 (今野)
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