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インタビュー

デフ日本代表手話通訳・井出敬子さんに聞く「手話と卓球、伝えること」

●「手話は言語」を広めたい

--個人的にデフの選手たちって、明るいなっていう印象があるんですけど、井出さんから見るとどうですか。

井出 初めて国際大会に行った時はびっくりしました。試合前に相手選手と写真を撮っている。明日対戦する相手とおしゃべりしている。それも、他の国とは手話が違う中でもコミュニケーションが取れているんです。

 

--他の国とは手話が違っても、話は通じているんですか?

井出 単語の表現が似ているケースもあるんですけど、ろう者はやはり「目の人」で、目で見たものや状況を表現する力に長けている。それで通じている気がします。

 

--そもそも、国によって手話も違うことを知らない方も多いのかなと。

井出 そうですね。世界共通のものだと思っている方も多いですね。

 

--そう考えたら、手話ってひとつの言語なんですよね。

井出 「手話は言語」というのは国連でも認められていて、2006年に障害者権利条約が採択されて、手話が音声言語と同じ「言語」だと定義されました。日本でも2014年に障害者権利条約を批准していて、国としても「手話は言語」と認めていますが、まだまだ日本語と対等のものにはなっていないですよね。

 本来なら、日本語のあるところには同じように手話がないといけないんです。テレビでも日本語の音声があるのなら、そこには字幕なり手話がなくてはならないけど、そうなってはいません。

 デフリンピックを契機に、手話にも関心を持ってもらって理解が広まっていったら、手話言語法制定に近づくし、もっとろう者が生活しやすい、情報にアクセスしやすい社会になっていくのかなと思います。

 

--少し話が脱線するかもしれませんが、手話にも「若者ことば」があると聞きました。それって、本来の手話とは全然違うものなんですか?

井出 「ヤバい」「マジ」…とかありますね。若いろう者が流行っていることばをいち早く取り入れて手話にする。私も「え、今の何?」ってよく聞きます。また、ことば遊びのような冗談手話や、聞こえないことを笑いにするデフジョークといったものもあるんですよ。

 

--じゃあ、手話での表現でもジェネレーションギャップみたいなものが…

井出 あります、あります(笑)。高齢ろう者は手話単語とは違った、ものの形や大きさ、動きをそのまま手で表したような表現を使う頻度が高いし、若いろう者は日本語の50音それぞれを表す指文字を多用する印象です。

試合前でもカメラを向ければスマイル(写真提供:国際ろう者スポーツ委員会・中華台北ろう者スポーツ協会)

 

●手話と卓球の、幸せな関係

--井出さんが手話通訳をするうえで大事にしているのはどんなことでしょうか?

井出 通常の手話通訳では「加えず、引かず」。そのまま伝えるようにしていますが、卓球では出てくることばだけではなく、頭の中にあることを「つまり、こういうことだよね」と引き出して、それも伝えたいです。

 デフのナショナルチームの選手は技術にしても、見たものをすぐ再現できたりします。でも、それは感覚的なものであることが多い気がして。理論的に理解できれば納得できますよね。そこをうまくつなげられたらと思います。

 

--より具体的に。

井出 そうですね。上級者の感覚を言語化する、そんな通訳ができたら良いなと思います。

 

--でも、そんな話を聞いていると、井出さんが卓球をやってきたことって、伝えるうえでも大きいですよね。

井出 はい、大きいと思います。通訳者が現場にいても、目の前で話されている内容を理解できないと手話通訳はできません。卓球に限らず、スポーツ通訳は「専門用語を伝えるのが難しい」と言われるんです。手話としての単語がない専門用語も多いですし。

 例えば、「バック前にサービスを出すんで、ツッツキで返球してもらって、ストレートに3球目ドライブ、そこからオールで」と言われても、卓球を知らない人には意味がわかりませんよね。「ツッツキって何?」「ストレートってどこ?」「…オール?」となってしまう。

 

--なんていうか、スポーツ通訳って競技についての専門性と手話通訳としての技術が重ならないと成立しない、すごく専門性の高い分野ですね。他の競技団体でも、井出さんのようなスポーツ通訳の方っているんでしょうか?

井出 昨年のデフリンピックでは、バレーボール男子チーム女子チーム、自転車チームが手話通訳を帯同していました。スポーツ通訳の育成には、どの競技団体もまだ手が回っていないのが現状ですが、少しずつ増えてきています。

 

--最後になるんですが、井出さんにとってデフ卓球ってどんなものですか。

井出 今の私には、生活の最優先事項になっています。自分が好きで続けてきた卓球と、手話の技術、その両方が重なって誰かの役に立てる仕事とは、そう出合えるものではないと思うし、やりがいがあります。

 

--自分がやりがいを感じられて、それが誰かの喜びと重なっているのって、すごく幸せなことですよね。

井出 そうですね、本当にそう思います。

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