卓球という競技は究極の対人競技だ。274cmの卓球台をはさんで打ち合うが、往復1秒以下の速いラリーの中で、回転の要素があり、コースを読み合うなどの心理戦もある。
そして、用具という要素も入り込み、選手の身体的特性や性格を含めたプレースタイルというものが形成される。
卓球では、自分がやりやすい、上達したと体感しながらも、同時に相手が「やりやすくなった」と思うことがある。以前、日本代表選手に聞いた話だが、この選手はサービスとスマッシュを武器にしていた。裏ソフトラバーはサービスで回転のかけやすい粘着性のものを使っていたが、スマッシュを打ちやすくするために薄いラバーを使用。スマッシュは直線的に飛んでいくために自分のミスが多くなる。しかし、ラバーの特徴とボールの軌道ゆえに相手にとっては非常に取りにくいボールだったので得点率も高かった。
しかし、あまりにミスが多いので厚めのラバーに変えたらミスが減った。ところが、ボールの軌道が「普通」に近くなったために相手も取りやすくなったために、試合で勝てなくなり、のちにまた薄いラバーに戻して国際大会で活躍した。
男子のトップクラスの選手で多くの選手が使っているラバーがある。Aという選手は主流のラバーと違うものを使っていた。やはりボールの軌道が違う。相手はやりにくそうにしていた。しかし、ボールの威力を考え、他の選手が使っているラバーに変えたら、ボールの威力はついたと本人も自覚したのだが、相手は「癖がなくなりやりやすくなった」と感じ、試合ではAは勝てなくなり、元のラバーに戻した。
これは用具だけの話ではなく、プレースタイルでも同じ。特に男子の卓球では両ハンドのドライブ型が標準化されている。標準化されればされるほど、自分もやりやすいかもしれないが、相手もやりやすくなる。
卓球は対人競技なのだから、自分の強さの絶対値を上げれば勝てるほど単純ではない。プレースタイルや戦術の要素が加わり相対的に強ければ、試合で勝てる。
標準化された戦型ではなく、突き抜けた才能があり、際立った特殊化されたプレースタイルであれば世界や日本の頂点に立てる先例はいくらでもある。14歳の張本智和の卓球がそうであったように。
世界デビューした後、五輪の金メダルを目標に掲げ、張本はフォアハンドとフットワークの強化に取り組んだ。世界のトップを狙うためには、その強化は必須だったのだろう。バックハンドは早いピッチのラリーを作り、何よりライジングで打つことで相手の持ち時間を短くできる。ところが、フォアドライブのような体を回転させながらの打法では体への負担も大きく、自ら打球する時も、打球後の戻りにも時間がかかる。
また、14歳の時の向かっていくメンタルと、全日本チャンピオンになって以降、相手が常に向かってくる状態ではメンタルも違う。史上最年少の全日本チャンピオンになり、世界ランキング4位というポジションまで上り詰めた張本が挑戦者としてのメンタルを持つことはもはや困難になっている。
その中でガッツポーズを出すのは彼が精一杯、挑戦者としてのメンタルを取り戻す瞬間なのだ。
しかし、歴史の名前に残す偉大なチャンピオンたちは闘志を秘めながら戦うことを常としていた。激しいガッツポーズはスタミナを消耗し、冷静さを欠いてしまうことを知っていたからだ。
「卓球は超一流に達するまで1万時間の練習を要する」と、「Mr.卓球」と言われた荻村伊智朗(故人・元世界チャンピオン/元国際卓球連盟会長)がかつて語っている。超一流の演奏家も訓練時間に1万時間を要すると言われている。
2歳でラケットを握り、3歳から本格的な練習を始めたとしても、張本は小学校時代、勉強との両立ですべてを卓球のために使っていたわけではない。13歳で世界選手権のベスト8まで行った時の張本は1万時間まで到達していなかったはずだが、打球センスと選手としての知性が備わっており、グングン強くなっていった。
逆に言えば、1万時間を超えると、練習時間の積算は試合で勝つこととイコールではなくなる。それが卓球だ。
今回の全日本前に腰痛に苦しみ、世界の至宝、張本智和はもがきつつも敗れ去った。ただ、卓球人生はノックアウト方式のトーナメントではない。勝ったり負けたりを繰り返す総当たりのリーグ戦だ。張本も負ける時もあれば勝ち続けることもあるだろう。
張本は大きな期待を背負いながら、卓球という競技の最も奥深い部分に踏み込んでいる。プレースタイルの構造を変えるのか、メンタルをどう克服するのか。しかし、その苦しみさえも彼が世界の頂点へ立つための重要なプロセスなのかもしれない。 (文中敬称略)■
(卓球王国最新号4月号ではClose-Up「張本智和はどこにいるのか」を掲載)
卓球王国最新号4月号の詳細はこちら
https://world-tt.com/ps_book/newdetail.php
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