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今野の眼

【卓球】「なぜ日本選手はヨーロッパに来るのか」とフランス人コーチのミッシェルは怒ったように聞いてきた

 

このフランス人の卓球コーチ、ミッシェル・ブロンデルとは30年以上の付き合いだ。彼が20歳を過ぎて、選手ではなく、若くしてコーチを目指し、日本の青卓会、ITS三鷹にコーチ留学に来てからだ。彼が日本にいる時にはもちろん、ビッグゲームのたびに会い、ヨーロッパ取材の時には彼の家に泊まっていた。

ミッシェルはパリの名門クラブ「ルバロワ」のアシスタントコーチからヘッドコーチになり、さらに当時のフランスの代表選手から声がかかり、男子ナショナルチームの監督にまで上り詰めた。彼のナショナルチーム入りを強く押したのは当時世界チャンピオンだったガシアン、そしてシーラなどのトップ選手だったが、彼がトップチームの監督をやったのは長期間ではない。心身ともに疲弊するからだ。

その後、フランスのジュニアチームの担当になり、最後は協会の方針と衝突して辞任、協会と裁判まで行った。(ヨーロッパでは協会とコーチ、クラブと選手が裁判で闘うことは珍しいことではない)。

ミッシェルはその後、「オクセンハウゼン」にあるマスターカレッジ(ドイツ)という選手育成機関のスポーツディレクターになり、カルデラノ(ブラジル)やゴーズィ(フランス)を育てた。

親日家でもあるミッシェルは日本人の女性と結婚し、その後離婚したが、一人娘はフランスの大学を卒業後、京都大学の修士課程で学び、修了後、日本で働き、日本人と結婚した。

2ヶ月ほど前からフランスに行きたい日本の若手選手のために、彼にチーム探しをお願いしている。

そんな彼と一昨日電話をしていて、「なぜ日本選手がこんなに多くヨーロッパに来るのか。日本にはTリーグもあるのに、なぜヨーロッパなのか。その本質的な意味は何なのか」と聞かれた。少しばかり怒っているような口調にも思えた。今までミッシェルからはフランスの若手を日本に送り込むためにチーム探しをお願いされたこともあるが、今回のような依頼は確かに初めてだった。

今になって日本の選手が大挙してドイツやフランスに来ることに疑問を持ったようだ。

「その明確な答えは2つだ。いや、やっぱり3つ」と彼に答えなければならなかった。

「ひとつは高校生などが行く場合で、強くなるための経験としてヨーロッパに行く」。これは最近、愛工大名電高の選手のケースだ。ある一定期間、ドイツなどで練習すると選手が見違えるように精神的に強くなって帰ってくると名電の今枝一郎監督は言う。異文化を知り、日本人のいない中で生活することで自主性や独立心が育まれるのだろう。ただし、だからといって行った選手が格段に強くなるとは言えない。

「2つ目の理由は、プロ選手が試合をできる環境を探している。Tリーグでプレーする場がない選手が新天地としてブンデスリーガに挑戦する。神巧也や村松雄斗がそうだ。日本にいても試合に出るチャンスが少ない、ならばドイツということになる。彼らはプロ選手なのだから、出場機会の少ない日本ではなく、出場機会があり、お金を稼げるヨーロッパに向かう。当たり前のことだ」

これはTリーグができたことによって、実業団チームをやめたり、大学を卒業後、プロになる選手が増えたのにもかかわらず、Tリーグに自分が座るべき椅子がなくなり、海外に向かっている現象だ。

ミッシェルは「彼らの将来的な目標やビジョンとはなんだろう」と畳み掛けてきた。言外には、「単なるヨーロッパへの興味や、箔(はく)をつけるためにヨーロッパに来るんじゃないよね」というニュアンスにも感じた。日本男子が十数名もヨーロッパに入ってくることが嫌なのか。「最後にちょっと聞いてくれよ。戸上と宇田のケースは違うから」と彼の話を遮った。

「3つ目の理由は戸上隼輔や宇田幸矢のケースだ。彼らはTリーグに残るほうがお金もたくさんもらえたと思うし、日本での生活のほうが快適なはず。でも、それを断ってドイツに行く。それはプロである前にアスリートとして強くなり、パリ五輪で活躍したいという思いがあるからだ。1997年に松下浩二がドイツに行った時と似た気持ちだと思う。Tリーグでは4チームで7回ずつ対戦することになり、同じ選手と何度も当たる。練習拠点が恵まれているクラブもあれば、そうでないところもある。ドイツに行けば、相手11チームのいろいろな選手と試合ができ、練習拠点の良いクラブに行けば、日本にいないタイプの選手と練習ができる。『強くなりたい』と思う選手にとっては最高の環境かもしれない」

ここまで説明して、ミッシェルも納得してくれたようだ。

 

ドイツの「オクセンハウゼン」で練習を見つめるミッシェル・ブロンデル

 

選手は環境が変われば、その環境に順応しようとして化学変化を引き起こす。その結果、部分的な変革が生まれ、成長していく。日本のように治安が良く、犯罪も少なく(ヨーロッパやアメリカ、アフリカと比べれば)、食事の心配もなく卓球に打ち込める国は多くない。海外で長くプレーをしていた人が日本に帰るとホッとして、すべてが満ち足りた環境に映るという。

そんな日本からヨーロッパに行けば、不自由なことばかりだ。まず言葉がわからない。高校生までくらいの英語で、いきなりドイツ、フランスなどに行っても会話はしんどい。でも子どもたちは勉強しながら慣れるはずだ。

食事も違う。近くに日本のようなコンビニもない。ただ、今の時代、寂しくなってもSNSやYouTubeもあるので昔ほどは寂しくないだろう。(本当は寂しい思いをしたほうがメンタルは強くなるのだが……)

いずれ、海外でプレーした経験を持ち、生活、文化に苦しみながらもタフなメンタルを身につけた選手たちが指導者になる日が来るだろう。その時にはもう少し日本の卓球界も開かれて、ヨーロッパに行くことやヨーロッパから選手が来ることも特別なことではなくなっているだろう。

「ヨーロッパで日本選手がたくさん来ることが話題になったら、今の答えを彼らに言ってくれ」とミッシェルとの話を締めくくった。 (今野)

 

 

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