1997年以降、『ブライス』を追いかけるように1998年に発売された『タンゴ』(ヨーラ/本体3900円)『タンゴ エクストリーム』(本体4400円)などのドイツ製ラバーも出現。当然、『ブライス』に近づけた価格をつけるようになった。「ドイツラバーも『ブライス』に劣ってはいないのだから」という値段によるアピールとも言えた。世界最大のラバー工場「ESN」(ドイツ)も利益を確保することができたし、卓球メーカーも「テンションラバーの標準は5000円」というレールの上で走って行った。
卓球の世界は「テンションラバー+スピードグルー」が主流になっていった。ラバーの消耗も激しかった。
「なぜこんな高い値段にしたんですか。ユーザーが可哀想でしょ?」と発売当初、久保に食ってかかったことがある。「このラバーの開発には膨大なコストがかかっています。それに卓球のラバーは今まで安すぎたんですよ」という答えが返ってきた。
ラバーの高価格化の「仕掛け人」は久保彰太郞であることは間違いない。(もちろん最終的には個人ではなく会社決定だが)
一方、もしこの価格がユーザーに受け入れられてヒットすれば、ショップもメーカーもラバーから今までよりも大きな利益を得ることができるのだから、久保は売り手(ショップ・問屋・メーカー)にとっての「天使(エンジェル)」となった。
バタフライは2008年に『テナジー』(当時の本体価格6000円)を発売した。当初の売れ行きはさほど良くはなかったが、スピードグルー禁止、ブースターの使用による「後加工(あとかこう)禁止」というルール改変の中で、一気に大ヒットラバーとなった。その売れ方は『ブライス』の比ではない。
スピードグルーやブースターが使えない中、ラバーそのものの性能が問われた時代に『テナジー』はスピンテンションラバーとしてドイツラバーを引き離した。ドイツからもスピンテンションラバーはリリースされたが、トップ選手にとっては似て非なるものだった。
『テナジー』の6000円は説明が付く。『ブライス』が5000円で、「それの進化版だから1000円上げますよ」ということだ。
ところが予想もしなかった「値上げ事件」は2015年2月21日に起きた。それまでテナジーは6000円の定価で、卓球ショップでの割引後(1割引)の販売価格が5400円ほどだった。そのラバーが一挙にオープン価格となり、8000円前後で売られることになり、ユーザーからすれば一気に3000円近く上がった。
これは当時、ブラックバイヤーと言われる海外の非正規購入業者が日本で『テナジー』を買い付け、世界中のタマス(バタフライ)の代理店が悲鳴を上げていた。そのために国際為替を考慮しながら、バイヤーが利益を出せないように、かつ世界中の代理店を守るために世界標準価格を設定し、「オープン価格=値上げ」を断行した。『テナジー』というラバーの絶対的な価値があるからこその「事件」だった。
この時期から、『ファスタークG-1』(ニッタク・税込6600円/国際卓球販売価格5280円)が売れ始めている。『テナジー』の価格が高くなり、一時的に代替えラバーとしてのドイツラバーの重要が増し、在庫を切らさなかった『G-1』に流れていったユーザーは少なくない。
卓球王国の用具ランキングでも裏ソフト部門で、それまで1位を走っていた『テナジー05』から、2015年4月に『ファスタークG-1』に首位が入れ替わっている。ユーザーは『G-1』のコストパフォーマンスに惹かれたのだろう。
一方、ハイエンドユーザー用のラバー価格は、その後、『テナジー』の売価8000円が市場のバイアス(傾向)になっていく。 (文中敬称略)
<後編に続く>
<卓球王国発行人 今野昇>
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