ーー卓球を通して、先生として「良かったな」と思う時はどういう瞬間でしょうか?
大竹 できなかったことができるようになると感動しますね。教員の世界では、10個腹が立ったり、嫌なことがあっても、1個、生徒に「ありがとう」とか、「できるようになりました、先生」とか言われると、それだけで「良かった」と思える。これは呪文なんですよね。
坂戸西高は前から強い学校だったけど、副顧問を経て卓球部の監督になって新人戦の地区大会で初めて県大会を決めた時や、卓球部に来た初心者たちの子どもたちが最後の大会で初めて勝った時も感動して涙が出ましたね。その子は親に「大竹先生が泣いていた」と話していたそうです(笑)。
今まで卓球ノートを出せなかった子が1週間でも卓球ノートをつけてくれたとか、卒業式の前に「坂戸西高校の卓球部に入れてよかったです」とか言われると、指導者冥利、教育者冥利に尽きます。
勝てると思っていたら最後に負けてしまって部活動を終える子もたくさんいます。勝てなかったという経験も彼らのこれからの人生では必要なことだと思います。
ーー大竹先生は男子の顧問ですか?
大竹 男子が中心で、女子のほうも副顧問として少しばかり見ることはあります。女子は牧野晋弥先生がやっています。私自身は生徒に教えているつもりでも本当は教わっているんですね。卓球の技術でも(笑)。それに盛り上がることが好きで、お楽しみ大会で、強い子と弱い子でチームを組んだり、私も混ざってやったりします。
ーー大竹さんは、教員になってから卓球を勉強したんですか?
大竹 まさしく、卓球王国や、出されている本やDVDを見て勉強しました。それに、OB(卒業生)が土日に来たりして、後輩たちを教えたりします。卒業してからも卓球をやってくれるのがうれしいですね。そうやって今の部活動に還元してくれるのはとてもうれしい。今は卓球のおもしろさと言うか、部活動で生徒たちの練習を見ているのがすごく楽しみなんです。
ーー将来の夢は?
大竹 卓球を通して、できないことができるようになったり、部活動をやったことがきっかけで、卓球を続けてくれて、1年後も20年後も卓球をやってほしい。もちろん上位の大会に出るようになるという目標もありますが、子どもたちが健康でいることが一番の願いです。
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公立校では練習も制限が多いコロナ禍。坂戸西高のように「卓球の好きな子どもたち」が早く以前のような「楽しい時間」を取り戻してほしいと思う。
そういうチームの中に、先生というよりもまるで卓球仲間のように溶け込み、一緒に卓球をする時間を楽しむ大竹庸介がいる。
日本の卓球界の裾野を広げ、支えているのは実はこういう人たちなのだ。
(文中敬称略)
おおたけ・ようすけ
1987年12月8日、埼玉県出身。埼玉県の蕨高校、明治大学文学部卒業後、2011年から埼玉県の県立坂戸西高校の英語教科の教鞭をとる。坂戸西高男子卓球部監督
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