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「変えて」強くなる 星野美香

5連覇を達成した87年全日本選手権でのプレー。その後も世界での勝利を目指し、星野は変わり続けた

 

変わらなければ

世界で勝てない。いかに

自然体でプレーできるか

 

2回目のチェンジは、88年にあった。ソウル五輪前の1月の欧州遠征で、当時の世界のトップクラスだったリ・ブンヒ(北朝鮮)、焦志敏(中国)という選手に勝ちかけていた試合を逆転されて負けた。最後まで競り合いになるけど、競って勝てないことが続いた。ここで点を取れば勝てるという時に1本がほしいから欲が出る。打たなければいけないボールを打てなくなるとか、普段どおりの自分の戦いができない。また、相手が突然開き直る時があって、その時にこちらが動揺して、精神状態が乱れることがあった。

その時に、「自分には世界で戦うだけの力はついてきた。だけど、最後の1本を取る力がない。競り合いになって勝っていく時の1本をどうやって取るのか」という課題を突きつけられた。そこで、単身で韓国のナショナルチームの合宿に参加した。中国に勝つためにはどうしたらよいかと考えていく過程で、当時中国に勝っていたのは韓国の梁英子や玄静和(88年ソウル五輪女子ダブルス金メダリスト)だった。特に梁英子の強さは、逆転勝ちが多いことに表れていた。その強さの秘密を探りたかった。そこで韓国に一人旅に出て、練習に参加した。そして、梁英子の場合はクリスチャンとしての信仰心と強い自信が彼女の卓球を支えていることがわかった。帰ってきてから、彼女たちとは違うやり方を模索し、行き着いたのが座禅だった。

どうすれば最後の1本で緊張せずに、無心になってプレーできるのか。勝ちたい、負けたくない、という邪念を持たずにプレーできるのか。精神修行として、座禅をするために神奈川県の總持寺に行った。

つまり、いかにして自然体で、平常心でプレーすることができるかということが精神修行のテーマだった。88年のソウル五輪の時にも、ラケットのグリップにある言葉を書いた。それは「自分は自分以上でも、自分以下でもない」という文字。自分は自分なんだから、背伸びすることもなく、卑下することもなく、自分のスタイルでやりなさいということだ。

禅とか道元(禅僧)の本を読んでいて、すべてに自然体で行動することの大切さに気づいた。五輪だから勝ちたいとか、決勝だから勝ちたいというのではなく、普段の生活から試合を迎えるまでに自分がすべきことをすべてやっていく。何をすることが自分にとって一番良いのかを考えて、それを自然体でやっていこうと思うことで、実際の試合も自然体で、力が抜けた状態でやれるようになった。

現役の選手というのは、日々変わろうと努力していくものだ。自分は毎日努力をしているつもりで、毎日変わっていっているつもりなのに、国際大会に行って試合をすると周りがもっと変わっていて、自分以外の選手が伸びていると感じることがある。自分で努力をしているつもりでも、周りがもっと努力をしていたら、相手のほうがもっと強くなっていく。

世界レベルでは、自分の努力はまだまだ足りないなと思ったこともあるし、その努力をできないのなら卓球選手をやめるべきだなと真剣に思った。それほど世界で勝つことは難しいことだった。もう努力できないとか、今までやっていたことができないと思ったら、世界に挑戦することはできなかった。

私自身、卓球を中途半端にはできなかった。そこそこ頑張って、そこそこ勝てばいいというのは自分で許せなかった。卓球を極めること、世界で勝つことへの追求をやめることは、卓球をやめることを意味していた。

高校時代のまさにこれから伸びていく時の「チェンジ」と、国内のチャンピオンになり、ある程度技術も身につき、ここからさらに自分を伸ばしていくのが難しい時期、世界のトップクラスで勝とうとする時の「チェンジ」があった。ふたつの「チェンジ」は全く意味の違うものだし、舞台の大きさも全く違うものだった。しかし、このふたつの「チェンジ」によって、私の卓球人生は大きく変わったと思う。

星野美香[全日本選手権7回優勝]

全日本選手権で5連覇を含む7度の優勝を数える元チャンピオン。世界選手権に5度出場、五輪には2度出場し、88年ソウル五輪ではダブルスで準決勝に進んだ。現姓馬場

 

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