●―君ら二人はジュニア時代に中国遠征をして、それがスウェーデンの飛躍のきっかけとなった。
W そうなんだ。14歳の時で、あの中国遠征はすごくタフだったけど、非常に貴重な経験だった。行く前の11歳、12歳の頃にも世界チャンピオンになりたいとか、ヨーロッパチャンピオンになりたいという夢は持っていたけど、中国に行ったことでもっと具体的な目標になった気がする。本当に強い選手になるためには質の高いハードな練習が必要なんだと実感した。すべてが変わったという意味ではそれがターニングポイントになった。
P 中国にはいろんなスタイルの選手がいたし、何より週6日、毎日5、6時間のきつい練習をしなければチャンピオンにはなれないと思ったよ。ただ素質があるだけでなく、良い練習をしなければダメだね。もちろん厳しい練習を続けつつ、本当の意味での素質もチャンピオンになるためには必要なんだと感じたね。
W 中国遠征の効果だと思うけど、2年後にはぼくはヨーロッパ選手権で決勝まで行くことができた。中国から帰ってきてから、スウェーデンで練習した時にはそれがきついとは思わなかった。体力的にも強くなっていたし、卓球だけでなくいろんなトレーニングも経験し、毎日中国の練習場にいる中で、いろんなスタイルと練習をしていたから、すべての面で強くなっていた。メンタルも強くなっていたし、ペンホルダー選手にも驚かなくなっていたし、カットマンにも強くなっていた。たくさんのことを学んでいた。
P それまではカットマンとやるのも、ペンホルダーとやるのも、表ソフトの選手とやるのも、いつも初めての対戦だった。ヨーロッパ選手はほとんどがシェークハンドで裏ソフトだからね。でも中国に行ったことでいろんなタイプに順応でき、どのタイプにも勝てるようになった。それが大きなアドバンテージ(有利)になった。
W たとえばガシアンならカットマンに弱いとか、ほとんどのヨーロッパ選手は苦手なタイプの選手がいたけど、ぼくらはトーナメントのドロー(組み合わせ)を気にすることなく、どのタイプの選手にも勝つことができたから、良い成績を残せた。それはジュニア時代の中国遠征によるところが大きいね。
●―つまり、君たちは中国遠征という経験によってオールラウンドプレーヤーになることができた。
P そのとおりだ。ぼくはオーケソンと行ったし、ワルドナーはリンドと一緒に行き、アペルグレンも、ピーター・カールソンやフォン-シェーレも行った。中国に行ったことでぼくらは自分たち独自のスタイルを作ることができたし、その後の成績に結びついた。
W ステラン(・ベンクソン)も60年代に日本に行って練習をして、多くのことを学んで、その後、世界チャンピオンになった。あの当時、日本が一番強くて、一番良い練習のできる国だった。ぼく自身、14歳で中国に行く前に日本に寄って1カ月間くらい練習をした。早稲田大とかで練習を一緒にやった。あれもハードな練習だった。
●―練習においても貴重な体験だっただろうけど、アジアに長期滞在することで精神面も相当鍛えられたのではないかな。
W 中国や日本で練習したことでぼくはいろんなものを感じた。どんなところに彼らが住み、どんな環境で練習をして、どのように物事を考えているのか。だからぼくは試合ではヨーロッパ選手とやるよりもアジアの選手に対してのほうが強かった。
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