インタビューの翌日、水谷はロシアに旅立った。そしてヨーロッパチャンピオンズリーグに出場したものの、体調不良で翌週のドイツオープンを棄権した。優勝の余韻に浸ることなく、全日本選手権の疲労が彼を襲ったのだろう。
◇◇◇
●――全日本は終わってみれば「水谷劇場」だったけど、自分を追いかけてくる若手が育っていない感じがあるのかな。
水谷 数年前と比べれば日本の男子のレベルは上がっているけれども、まだ若手はすべてに甘いですね。
●――彼らも練習しているはずだけど、何が違うんだろう。
水谷 心技体、全部ですね。特に気持ちの部分は全然違うんじゃないですか。
●――気持ちというのは試合の中での執念とか……。
水谷 執念もそうだし、試合に向けての気持ち。合宿で一緒にいても感じるし、普段の食生活とか身体のケアの仕方でも差を感じますね。
●――君も最初からそういう意識ではなく、だんだん変わっていったんだよね。
水谷 もちろんロシアに行ってから意識は変わりました。
●――中堅、若手が早く自分のところまで来てほしいという思いはあるんだろうか?
水谷 ありますよ。ぼくが22、23歳頃にはプロツアーで何大会かは優勝していたし、世界ランキングのトップクラスの人にも相当勝ってましたから。
●――世界ランキングの一桁と二桁の選手は違うんだろうか。
水谷 違いますね。一桁の選手はほとんど変わらないけど、10位から20位までの選手というのは結構入れ替わる。一桁は中国選手以外なら、ぼくとオフチャロフとボルと荘智淵とかじゃないですか。一桁の選手は卓球に賭けているというか、執念を持っています。
●――若手がそこまで伸びてこないのであれば、8回優勝してても、まだ行けるという感じでしょ?
水谷 今の実力がキープできれば10回くらいは優勝できます。ただキープできるかどうかは自分でもわからない。年齢とともにこれからパフォーマンスも低下してくると思うから、頑張って、少しでも向上していきたい。
●――10年前(2010年)の初優勝の時よりも周りのレベルは今のほうが高いはずなのに、他の日本のトップ選手と何が違うんだろうか。その原動力は何だろう?
水谷 背負っているものは全然違いますよ。初優勝してからは周りが勝手に評価する。若くして優勝したから天才扱いするじゃないですか。それが知らないうちにプレッシャーになっていく。初優勝の時に「8回優勝したい」と言ったら、「おまえアホか」と言われた。その頃から、いろいろな人からその人の目線でいろいろ言われる。100人いたら違うことを100個言われる。
●――それを気にするの?
水谷 気にしますよ。だって卓球王国はこのタイミング(優勝する前)で本(書籍)出すとか、表紙(1月発売号)にするとか言うじゃないですか、内心「アホか」と思うでしょ(笑)。
●――ごめんね。アホなタイミングだった(笑)。
水谷 知り合いから大会初日のメールで「最終日、応援に行くから」とか来ると、なんでオレが最終日に残るという前提になっているんだよと思う(笑)。そういうのがメチャクチャあるんですよ。スポンサーも「最終日、応援に行きます」とか(笑)。どれだけ最終日に残るのが大変かわかってないんだよなと思うんですよ。それが年々エスカレートしていく。勝つのが当たり前だと思われていて、ハードルもこれ以上上がらないところまで上がっている。
●――それはしょうがないでしょ。君も「全日本は二桁優勝します」とか「オリンピックはメダルを獲ります」と公言しているから、自分でハードルを上げている部分もある(笑)。それで周りも期待する。それも計算しているでしょ?
水谷 それは言わなきゃいけないじゃないですか。メディアに言うことと、本心は違うんですよ。時にはメディアがほしがる言葉を言わなきゃいけない。
●――じゃ、本心は?
水谷 「(メディアの質問に対し)アホじゃないの!」と思ってます(笑)。勝つのが当たり前と思われるのが苦痛ですね。ただ「頑張ってね」と言われるのがいいんですよ。
本当に今回は勝てないだろうな、あいつ強いし、今の自分じゃ勝てないだろうな、どうやったら勝つんだろうと思ってました。これが本心です。
●――それでも勝ってしまう水谷隼の強さって何だろう。
水谷 それは執念です。自分の持っている引き出しをフルに使って、模索した結果です。模索したうえで覚悟を決めて強気でやるんです。
●――そうやって自分の持っている引き出しを使うとか、苦しんで勝つとか、「おれはこんな状態だけど勝ったよ」という自己満足みたいな部分もあるでしょ?
水谷 ありますね。自分は格上だけれども、常に挑戦してるんですよ。「相手が水谷隼をどう考えているのか」と常に考えるんですよ。(張)一博さんだったらほとんどぼくに負けているし、自分のサービスを嫌がってるだろうな、だからそこにつけ込むようないろんなサービスを散らして出す。徹底して相手の嫌がることをする。笠原に対してもそうです。水谷だったらこうしてくるだろう、と相手が考える。ぼくは、その逆をやる。相手はウザイなと思うわけですよ。
自己満足はあるけど、それは勝つためにやっているんですよ。笠原とやっていて「どうだ! おれのチキータ取れないだろ」「これ、嫌だろ?」みたいな自己満足はありましたよ(笑)。あいつも「なんだよ、このチキータ?」みたいな顔をしていたから、「どうだ、いいだろ、このチキータ」と彼を見てました(笑)。1試合1試合、相手を探りながら相手の嫌がることを徹底してやって、「すごいだろ」と思わせています。
ぼくから見ていると石川(佳純)は他の選手とは違う。彼女は入り込んでいくし、異常なまでに勝ちにこだわる執念と信念を持っている。ぼくは試合は試合、試合じゃなかったらリラックスしているけど、石川は決勝前にコーチと二人でビデオを観たりして完全に自分の世界に入り込んでいる。ストイックだし、それが彼女のすごいところ。
ぼくは逆に試合前でも普段と同じように時間を過ごすというある種の異常性を持っている。確かにぼくも人を寄せ付けずに入り込んでいる時期もあった。今は逆に試合前に入り込むのではなく普段どおりリラックスして、試合前の1時間の練習では集中したい。そういう時には、ぼく自身も自分の世界に入っているんですよ。
ぼく自身は卓球においては芯がある、軸がぶれない。「周りには流されない」という自分の信念は崩れない。小さい頃からそれだけは変わらない。
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