●――自分が見た今年の「水谷隼」とは?
水谷 周りから見てどうかはわからないけど、自分としては今年の自分は自信がなかった。この1年でいろいろな大会で多く負けているし、モチベーションを高いレベルで維持できなかった。全日本では自分の150%を出そうと努めたけど、ワールドツアーとかは試合を消化していくような気持ちがあります。最近あんまり燃えないんですよ。
●――世界5、6位だからほとんどが格下と対戦し、受けるような気持ちになるからだろうね。
水谷 そういう傾向がちょっとありますね。ツアーで負けると周りは「世代交代」とか言うかもしれないけど、ぼくはそこで100%の力を出してませんから。「まだまだやれる」と自分に言い聞かせています。
●――君のレベルだと一気に強くなることはなく、数ミリずつ前に進む感覚かな。
水谷 継続して良いパフォーマンスができる自信がないです。ベテランになると、ある大きな大会でパッと成績を出すことはありますよね。昔のワルドナーやパーソンがオリンピックのような大舞台で勝つような感じですね。その分、普段のツアーなどでは落としている。ツアーで150%を出すのは身体が拒否反応を示すし、燃えない。この年齢になってくると、世界選手権やオリンピックにベストパフォーマンスできるように調整しなければいけない。
●――今の年齢で何が大変なんだろう?
水谷 怖いんですよ。自分のパフォーマンスが落ちるのが怖いんです。年齢には勝てないじゃないですか。常に「まだ自分は若いぞ」と言い聞かせているけど、そこで心が折れたら一気に落ちていくのが怖いんですよ。今はまだ言い聞かせるほうが勝っているけど、いつか結果が出ないとか、練習できないとか、ケガをするとか、本当にダメかもしれないと心が折れたら本当に終わっていくと思うんですよね。そうなるのが怖い。
しかも、それって人それぞれじゃないですか。年齢というよりも……重ねてきたものの大きさなんですよね。ぼくは中学2年からドイツに行って、12年くらいは世界の舞台でやっているし、他の人以上に世界で戦った時期が長いんですよね。だからこそ、他の人よりもポキッと折れるのが早い気もする。
そういう選手は見ていてわかるんですよ。急に覇気がなくなるし、貪欲さがなくなる。まさに纏っているオーラがなくなるんですよ。そうなるのが怖いんです。だからこそ、「まだまだ自分はやれる、自分は20歳くらいなんだ」と常に言い聞かせています。
●――日本で勝ち続けることの意味はそこにあるのかもしれない。
水谷 だからこそ、ぼくを脅かすやつが出てきてくれたほうがうれしい。こいつに勝ちたいという新たなモチベーションになるから。
最近、自分自身、何気ない凡ミスが増えたと思う。最近特に思うけど、ツッツキでミスするとか、ツッツキが飛んできてそれをドライブしたらミスをする。そんなのがしょっちゅうありますね。それが凡ミスという自覚症状がないんですよ。昔は「なんであんなミスをしたんだ」と悔しかったのに、最近は何でミスしたのか自分でもわからない。試合の中でそういうことがある。あまりにもそれが多くなると、自分の年齢をそこに重ねてしまうんですよ。年だからパフォーマンスが落ちた、年だからああいうミスをするんだと考えてしまう。
以前、吉田(海偉)さんを見てすごく思ったんですよ。吉田さんが30歳くらいになった時にめっちゃ凡ミスが増えたなと思ったんですよ。それまでミスしたことのないボールとか、得意のドライブのミスをするようになった。しかも、当たり前のようにしていたから、これが年なのかなと思った。
●――普通は、今まで動けていたのに動けなくなったとか、ボールの威力が落ちて相手に返されるようになったという時に年齢を感じるんじゃないの?
水谷 ぼくはそうじゃない。凡ミスですね。それが執念なのかもしれない。昔だったら、凡ミスをすると、「ああ、なんでこんなミスをするんだ」と怒っていたのに、最近は凡ミスしても平然としてしまう自分がいるんですよ。1本1本に対しての執念が落ちたのかもしれない。
●――4年前は全日本で吉村に負けて、オリンピックに行って、結果が良くなかった。だから今年は全日本で勝ってオリンピックに行く。だから勝たなければいけない大会だった。
水谷 そうですね。でも、あれはロンドンで負けて、メディアに「ロンドンで負けたのは全日本で6連覇を阻まれたからですね、負けた影響ですか」と聞かれたから、「はい、そうですね」と答えただけですよ。実際は、そんなの気にしても仕方がないでしょ。オリンピックはオリンピックだから。自分ではそうでもないですよ。もしそう思うなら、6連覇を阻まれて負けた瞬間に、「これでオリンピックもダメだと思います」と言いますよ。
全日本で勝つのはうれしいですけど、ぼくの中では昨日(最終日の翌日)か今日くらいでうれしさは終わっています。もう全日本の熱は一日で過ぎ去りました。全日本で優勝した祝勝会をやろうと言われても、もうそんな気分じゃないです。
●――オリンピックまであと半年あまり。優勝直後の会見では「オリンピックでメダルを獲ります」ときっぱり言っていたけど。
水谷 正直、今はあまり考えられない。もちろんメダルは獲りたい。
●――世界ランキングではほとんど4年前と同じだけど、「一番強い時期の水谷が迎えるオリンピック」と言っていいのかな。4年前の自分と比べるとどうなんだろう。
水谷 4年前は自分に対しての甘さがあったと思いますよ。あの時も、試合で負けた後に反省することがあって、技術的なこと以外でも改善することが多くあった。身体のケアやメンタルとか、自分の未熟さを感じたので、今回はそこを改善していけると思う。
●――この2年間、ロシアリーグに行って、邱建新さんがコーチになったことが大きかったんじゃないかな。
水谷 大きいですよ。邱さんがコーチになってから全日本も負けていないし、ワールドツアー・グランドファイナルでも優勝できたんですから。
●――これからオリンピックまでの半年間は重いものかな。水谷隼にとってオリンピックのメダルとは何だろう。
水谷 今はプレッシャーは感じていない。大会もまだあるし、一つひとつがオリンピックのために、という気持ちになるし、行動や意識、練習や試合でも「今年はオリンピックがあるから」という意識でやりたいですね。オリンピックのメダルは自分の夢でもあるし、家族やファンにとっての夢です。だから達成したいですね。
◇◇◇
水谷隼にとって優勝の喜びや安堵感に浸る至福の瞬間が年々短くなっている。そして口から出るのは「怖いんですよ」という王者らしくない言葉だった。
まさにそのフレーズにこそ、チャンピオンの苦しみやアスリートとしての本音が見えた。怖いからこそ練習をするし、不安だからこそ身体をいたわるのだ。
水谷自身が言うように、彼の心に火をつけ、彼を奮い立たせるのは日本での強力なライバルの出現かもしれない。
「日本選手よ、甘えるなよ。早くオレに向かって来いよ、早くオレを打ち負かしてみろよ」
卓球王・水谷隼が発したのは、喜びの言葉ではなく、若手への挑発のフレーズだった。
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(文中敬称略)
水谷隼●みずたに・じゅん
1989年6月9日生まれ。静岡県磐田市出身。全日本選手権のバンビ・カブ・ホープスの各年代で優勝。ドイツ・ブンデスリーガでの卓球修行によってその才能を磨いた。09・13年世界選手権では、岸川聖也と組んだダブルスで銅メダルを獲得。全日本選手権では史上最年少の17歳7カ月で優勝し、平成27年度全日本選手権大会では8度目の優勝を達成。2014年ITTFワールドツアー・グランドファイナル優勝、世界ランキング7位(16年2月現在)
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