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水谷隼「オリンピックの舞台に立った人は、みんなが魔物に取り憑かれている」

シングルスでメダルを

獲っていなかったら、

ガチガチになったと思う

 

ポーランドに辛勝した日本は、準々決勝で香港と対戦する。世界選手権で勝っているとは言え、世界ランク8位の黃鎮廷を擁する香港は強敵だった。水谷は2番で黃鎮廷を下し、3番ダブルスと、4番吉村が勝ち、日本男子は香港を3-1で下した。そしてメダルをかけた大一番、ドイツ戦を迎える。

◇◇◇

香港戦では自分が2点取らなければ勝てないと思っていた。あのオーダーはハズレですよ、もちろん。ぼくと黃鎮廷の勝負だなと思った。ぼくの2点とダブルスで勝たないといけない。黃鎮廷戦は自分の思っていたプレーができた。勝ちたい気持ちはシングルスと同じだけど、リラックスしてできましたね。

4年前も同じ準々決勝で香港とやっていて、あの時もぼくは負けていないから、(他の二人に)「今度は勝ってくれよ」と思ってたし、「ダブルスは勝ってくれよ」と思いながら見ていた。

丹羽と吉村のダブルスは見たことがなかったから未知数だったし、怖くて見ていられない(笑)。特にポーランド戦は、ずっと見ていたけど出来が悪すぎて見ていられなかった。香港戦では吉村が4番で勝ってくれたのが大きい。

準決勝のドイツ戦? それほど緊張しなかったです。だけどシングルスでメダルを獲っていなかったら、ガチガチになったと思う。大会前から、ぼくはシングルスでメダルを獲れたら団体でも絶対獲れると言っていました。シングルスでメダルを獲ったら気持ちが楽になって団体では絶対負けないと思ってました。

ドイツ戦もオーダーは外れている(笑)。オフチャロフにぼくを当てるはずだったのに、大外れ。ただ、2年くらいやっていなかったけど、ぼくはボルでも良かった。試合が始まったら、これは勝てると思った。最近ボルはたくさん負けていたから、ぼくが負けるはずはないと思っていた。1ゲーム目、3-7から逆転で取れたのが大きい。3番のダブルスが勝って、4番のシュテガーとやった時は一番調子が良かった。ぼくがボルに勝った時にチームの雰囲気も変わったと思う。

この試合前に邱さんが「たぶんボルは2番に来るから隼が1番に出たほうが良いと思う」と言っていたから、ぼくは怒ったんですよ。「今のボルならおれは勝てるから2番でもいい」と。「そうだな、今の隼なら勝てるな」と邱さんが言い直した。リオでもボルはシングルスでアルナに負けているんだから。

4番でシュテガーに勝って、メダルはあっけなく獲れましたね。その時点でみんなは達成感があったと思う。そして、決勝で良い試合をして終わり、という気持ちだったかもしれないけど、ぼくは決勝は勝てると思ってました。勝てる気しかなかった。

 

いつもここからやられてるから、

7-10から逆転できたら

すべての借りを返せる

 

日本は五輪の舞台で一気に決勝に進み、中国と対戦する。トップで丹羽が馬龍に敗れた後、水谷は許昕と対戦。壮絶な打撃戦と心理戦の末に、水谷は最終ゲームの7-10から逆転で勝利した。

◇◇◇

許昕には3月のカタールオープンで最終ゲーム10-4から大逆転負けを食らったけど、「あれは勝った試合にしとけ」という感じですよ。あれは自分の勝ちだとずっと思ってました。

決勝の許昕は1ゲーム目からいつもと違うなと感じた。彼はメンタルはあまり強くないという印象が前からあった。決勝の1ゲーム目からかなり凡ミスもあったし、強気で打ってこなかった。ところが、2-0になった後の3ゲーム目あたりからいつもと同じような許昕になってきて、「これはまずいな」と感じてました。

2-2の最終ゲームになったら、彼のボールは相当強く来ていたし、ボールの回転もすごくなっていた。出足で2-6になって、「まずいな、いつもと同じパターンだな」と感じていた。ずっと3本くらいリードされた状態で、7-10になった。それまでぼくは吠えていないけど、7-10から1本取った時に吠えたんですよ。その1本が本当に欲しかったから。

一方で、ぼくはものすごく冷静だった。許昕が3-6くらいから緊張しているのはわかった。でも、「やっぱりオレが最終的に勝つでしょ」という表情を2-6の時に許昕が見せたんですよ。その瞬間、ギャフンと言わしてやろうと思った。

7-10の時にまたそういう表情になった。「やっぱりオレが勝つぜ」みたいな。それで、ぼくが1本取って8-10になった時にも「やっちゃった、1本取られちゃ

った」くらいの余裕は彼にはあった。でも、9-10になったら、向こうは急に真っ青になって「やばい、やばい、どうしよう」みたいな表情になった。これはいけると思いました。次の1本はバックのカウンターが入って10-10。7-10でもあきらめていなかったけど、ぼく自身も「やばい、本当に10-10になっちゃったよ」という気持ちがよぎった。

8年前のアジア選手権の団体戦で、ぼくが勝ったら日本が中国に勝つという場面で、4番で許昕とやった。最終ゲームの10-7でぼくがリードして、マッチポイントを取ってから逆転されたことを思い出した。

いつもここからやられてるから、7-10から逆転できたらすべての借りを返せる。カタールオープンとアジア選手権を合わせたら、今まで10回のマッチポイントを取りながら負けている。11-10にして、「これが11回目のマッチポイントだぞ」と言い聞かせた。最後の1本は相手のミドル前に縦回転のサービスを出したら、彼のフリックがすごいオーバーミスだった。相手もブルブルだった。

今まで12回負けてきて、逆転負けが多かったけど、その借りを1回でもいいから返したいと思っていた。オリンピックの決勝で、しかも7-10からの逆転で勝ったので12回分を一気に返した、最高の気分でしたね。

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