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世界卓球2025

世界卓球99年目。カルデラノ、悲願達成!南米初の世界メダリストになる

世界卓球のドーハ大会、カルデラノ(ブラジル)が安宰賢(韓国)を破り、準決勝へ進み、メダルを確定させた。
1926年からスタートし、99年目を迎えた世界卓球選手権で、南米からのメダリストは史上初めてのことだ。 

●パリ五輪の男子シングルスのベスト4は以下の4名。
樊振東(中国)・モーレゴード(スウェーデン)・F.ルブラン(フランス)・カルデラノ(ブラジル)
●今大会のベストは4は以下の4名。
梁靖崑(中国)・カルデラノ(ブラジル)・モーレゴード(スウェーデン)・王楚欽(中国)
3大陸(ヨーロッパ・アジア・アメリカ)にまたがり、かつ、モーレゴードとカルデラノは両大会ともベスト4に入っている。

日本が初めて世界選手権に参戦したのは1952年、中国は1年遅れの1953年。すでに両国は70年以上、世界で活躍してきた。
スウェーデンは国際卓球連盟の創立メンバーの協会のひとつで、荻村伊智郎が1956年に優勝した時の相手、フリスベルグもスウェーデンの選手だったが、1960年に荻村自身がスウェーデンでコーチをした後に、「ヨーロッパのニッポン」と言われたスウェーデンが世界で台頭していく。
長く世界の卓球は、アジアとヨーロッパが中心で、女子は1970年代からアジア中心の流れとなった。

しかし、世界の卓球史が約100年が経つのに、アメリカ大陸の選手が世界のトップに躍り出てきたことは一度もない。いわゆる卓球後進国、それがアメリカ大陸だ。「アメリカで卓球がメジャーになったら世界の卓球は変わる」と長く言われてきたが、出てくるのは最近は中国系の選手ばかりで、根っこにある「卓球はアジアのスポーツ」というイメージは払拭できない。

南米のブラジルには、1950年代、荻村・田中利明がブラジル遠征に行った時にビリーバという少年に敗れた。ペンホルダー選手で今で言う天才少年だったが、世界の大舞台には出てこなかった。その後、長く日系選手がブラジル卓球を牽引してきた。とはいえ、世界大会で上位に入るような選手は現れていない。ブラジルの卓球の中心は、日系人がコミュニティーを作るサンパウロで、首都のリオデジャネイロではなかった。

 そのリオデジャネイロで生まれたカルデラノが卓球を始めたのは9歳と遅い。12歳までは卓球とバレーボールの二足のわらじを履き、時に陸上競技大会にも駆り出されるほどの身体能力を持ち、13歳までは走り幅跳びのリオのチャンピオンだった。
 13歳から本格的に卓球をやるようになるが、1回2時間の練習を週に4、5回程度だった。14歳の時に現在のコーチ、ジャン-ロネ・モウニー(フランス)と出会い、モウニーの勧めでサンパウロに移り、その2年後にはフランスのINSEP(ナショナルトレーニングセンター)で練習するようになる。さらに18歳からはドイツの『オクセンハウゼン』にあるLMC(リープヘル・マスターカレッジ)で訓練を重ね、そのまま『オクセンハウゼン』でプレーを続けてきた。
現在28歳だが、卓球年齢で言えば15歳ほどか。日本の高校生のトップクラスと同じくらいだ。5ヶ国語を操り、抜群の頭脳と身体能力を持ち、一歩ずつ世界の階段を上がり、ようやくメダルに到達した。
準決勝は中国の梁靖崑。カルデラノは4月のワールドカップで優勝して、自身の殻を破り、安定したプレーを見せている今大会。南米初のメダルを通過し、もしかすると南米初のチャンピオンとして歴史に名前を刻むかもしれない。

 

先月(2025年4月)のワールドカップを優勝したことで本物の自信がついたか。南米の星カルデラノが一気に世界チャンピオンになる可能性は大いにありそうだ

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