卓球王国 2025年7月22日 発売
バックナンバー 定期購読のお申し込み
WTT横浜

指先からこぼれた勝利と、苦境を越えた勝利。―メディカルタイムアウトの5分間

指先からこぼれた勝利と、苦境を越えた勝利。―メディカルタイムアウトの5分間

早田ひな・張本美和が語る勝負の舞台裏

横浜で行われた日本人対決は、熱気と緊張感に包まれた。だが試合後、多くの観客や関係者の間で話題に上がったのは、ある一つのシーン――メディカルタイムアウトだった。

●女子2回戦
早田ひな(日本)3(7、9、5、−117)2張本美和(日本)

試合の流れを変えた10分

最終ゲーム、スコアは2-4で早田の劣勢。ここで早田は左手首の違和感を訴え、メディカルタイムアウトを申請する。初めはWTTのメディカルチームが治療を開始、その後岡トレーナーがベンチに入り、治療が始まった。試合が再開されるまでの時間は、公式ルールの範囲内とはいえ、観客席からはとてつもなく長い時間に感じられた。

この間に、早田は治療を受けながら呼吸を整える。一方の張本は、コートの片隅で足を動かし続け、待ち続けた。

「その間、リードしていると思い続けようとしました。でも流れを保つのは簡単じゃなかった。WTTのメディカルチームではなく、ベンチコーチに入っている、岡トレーナーが治療にあたっていたことも、疑問がありました。」と試合後に語った張本。その言葉の奥には、明らかな動揺と不満がにじむ。

再開直後、スコアは4-4の同点に。張本が取った1点では、この日一番の大きな声を上げた。だがその後は、納得のいかないタイムアウトへの感情がプレーに影を落としたように見えた。敗戦後、張本は涙が止まらず、しばらくベンチを離れられなかった。

早田の視点「過去の後悔を繰り返したくなかった」

一方の早田は、左手首の不調と闘いながらの試合だった。

「尺骨神経圧迫による左手の症状は世界選手権前から続いていて、握力やフォームにも影響していました。普段から、長時間練習をすると力が入らなくなってしまう。今回の試合も5ゲーム目2-2からの2点の失点は、明らかに症状が現れてしまった。メディカルタイムは必要な判断でした」と語る。

また、メディカルタイムアウトの選択の葛藤にも触れ、「1ヶ月前のUSスマッシュで、タイムを取らなかったことで症状が悪化し、悔やんだ経験がある。同じことは繰り返したくなかった」と話す。ルールの範囲内で最大限に戦略を活用する姿勢は、勝利に人生を賭けるトップ選手として当然ともいえる。

制度としてのメディカルタイムアウト

第三者の目から見ると、このタイムアウトは確かに試合の流れを変えた。ルール上、1試合につき1回、最長5分以内で認められるメディカルタイムアウトは、選手の安全と健康を守るための重要な制度だ。

しかし、今回のように接戦の終盤で長い中断が入れば、リードしている側にとっては集中力の維持が難しく、逆に劣勢側には立て直しの時間が与えられる。観客席からも「タイムアウトで流れが変わった」という声は多かった。

勝負の裏に残った余韻

この一戦は、早田の勝利という結果だけでは語り尽くせない。張本にとっては、最高の舞台で掴みかけた勝利が指先からこぼれ落ちた試合。早田にとっては、苦境を乗り越えて勝ち切った試合。そして第三者にとっては、メディカルタイムアウトという制度の是非を改めて考えさせられる試合だった。

熱戦の余韻は、勝者にも敗者にも、そして見守った者の胸にも、長く残ることになりそうだ。(楊彩乃)

関連する記事