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東京五輪卓球

「死んだ」ボールに見た中国の恐さ。伊藤美誠、団体でリベンジだ

 女子シングルスの表彰台で、伊藤美誠の表情がやっと緩んだ。孫穎莎に「メダルが裏返ってるよ」と教えてあげて、ふたりで笑顔。しかし、わずかの時間だけマスクを外して写真撮影に応じる間も、混合ダブルス表彰の時のような満面の笑顔とはいかなかった。

 女子シングルス3位決定戦、ユ・モンユ戦で1ゲーム目を落とした時は、「これは危ないんじゃないか」と感じた。伊藤の表情に、なかなか覇気が戻ってこなかったからだ。そこからきっちり勝ち切ったのは技術力のなせる業だが、日本女子初のシングルスメダル獲得という歴史的瞬間にも、左の拳を小さく固めただけ。それだけ孫穎莎戦の敗戦のショックは大きなものだったのだろう。

歴史的な銅メダル獲得の瞬間も、伊藤は小さく拳を固めただけだった

 「銅メダル決定戦で勝つことができてうれしいですけど、それ以上に悔しい。準決勝で負けてから気持ちを切り替えるのは大変でしたが、母やチームメイトが元気づけてくれました。それでもやっぱり、準決勝で負けてガッカリした気持ちのほうが大きい」(伊藤)

 孫穎莎が伊藤に対して見せた戦術は、戦前の予想とは大きく異なるものだった。試合後、伊藤のベンチに入った松崎太佑コーチがこう語っている。「孫の速いボールの対策をしていたけど、真逆をやられた。回転をわざと入れなかったり、ボールの質をあえて落としてきた」。

 試合中、強打がネットミスになり、思わずラケットを見るしぐさを繰り返した伊藤。「あれ、(ボールが)来ないな」「来ないな」と何度も感じたのではないか。女子選手離れしたスイングスピードを誇り、強烈な両ハンドドライブを放つ孫穎莎が、ボールをラケットに乗せて打つナックルに近いバックドライブや、フォアのタイミングを外すループドライブなど、スピードも回転も緩急をつけてきた。フォア前のレシーブは軽く合わせるだけだし、サービスもガツンと切ることはほとんどない。

フォア前も横回転を入れながら合わせるだけのレシーブが多かった孫穎莎

孫穎莎のボールは予想以上に「来なかった」

 裏ソフトの強い回転のボールに対しては、チキータや逆チキータ、強烈な回転のバックドライブなど多彩な変化をつけられる伊藤のバックハンドが、逆に「死んだ」ボールに対して攻め手を欠いた。立ててきた対策とのギャップに戦術が整理しきれず、気づけば試合が終わっていたという感じではないか。それだけに悔しい敗戦だ。

 孫穎莎のプレーは、「バック表殺し」の低くすべる横下回転のロングサービスを多用し、持ち上げさせて狙ってきた19年世界選手権ブダペスト大会時とは全く異なるものだ。今大会、最大にして最強のライバルである伊藤美誠に対し、中国女子が全精力を注ぎ込んだ研究の成果は、やはり恐るべきものだった。しかも、中国はそれをすべての選手が共有し、実行に移すことができる。

 混合ダブルスでの水谷隼/伊藤美誠の優勝で、「これで卓球界の『秩序』が変わる」と感じたが、やはり中国は簡単に「総崩れ」とはならない。回転が最大の武器でありながら、その武器をあえて封印して勝利を追求する中国。その背後に分厚い叡智の蓄積を感じた。

数多くの金メダリストを育ててきた中国女子の李隼監督

 88年ソウル五輪から33年。先輩たちがなし得なかった日本勢初の女子シングルスのメダル獲得。歴史的な快挙には心から拍手を贈りたい。しかし、あくまでもシングルス金メダル、そして大会3冠を狙っていた彼女に、今「おめでとう」という言葉はかけられない。

 中国との再戦のチャンスは、まだある。大会後半の団体戦、日本は第2シード、中国は第1シード。当たるとすれば決勝の大舞台。チームメイトの石川佳純、平野美宇とともに、中国が最も重視する団体戦で中国にリベンジだ。

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