【エッセイ=西村友紀子】
ホカバを目指す卓球キッズの親御さんのことを、私は卓球母(たっきゅうぼ)と呼んでいます。卓球母は一般のママとは似て非なる感覚を持つ生き物。そのぶっ飛んだ行動を卓球母のひとりである私の体験を通してご紹介します。
私は高校生スタートのレディース。学生時代、小学生スタートのライバルに勝てなかった悔しさから、我が子が年中になると卓球教室へ通わせることに。そんなある日、息子が突然「ラケットが割れた」と言い出しズッコケました。
まだ買って半年しかたってないジュニア用のシェーク。ラバー交換の際に、フォア面のラバーと一緒に板がはがれて割れてしまったのだとか。こんなことってあるのでしょうか? 私の卓球の教科書には「板垣死すとも自由は死せず、ラバーは死んでもラケットは死せず」と書いてあるのに……。
高校3年間の卓球道をラケット1本で駆け抜けた私はかなり動揺。その姿を見たコーチが「ジュニア用のラケットは大人の物よりも軽くて割れやすい」と説明してくださいました。なるほど、ユーザーではなく本体の問題なのね。気を取り直して同じものをもう一本買いました。ところが……。
コンコン、ボトン、コンコン、ボトン。。。
ラケットを買い直した直後、私が目にした光景は、子供が無造作にラケットを台にぶつける姿、子供がボールを追いかけるたびにラケットを落とす姿、子供がミスをするとラケットを放り投げる姿。
「ラケットは悪くない、犯人はお前じゃーーー!!!!!」
割れるまでの過程を目の当たりにした私は、子供をこっぴどく叱りました。だって、ラケットは大切な用具、サムライの刀に当たるものですから。そして、「お母さんなんか高校時代、親にたった1本のペンホルダーしか買ってもらえなかったんやゾー」という恨み節もネチネチと語りました。怒り腐った私に気圧された子供は十分に納得した様子でしたが、やはり半年後、2本目のラケットを割りました。今度はまっ二つに。
テメーーーー(-_-メ)
もうこれ以上割ってほしくない。お金の問題じゃない。お米ひと粒に八十八の神様が宿る、ラケットも同じ、それだけ手がかかる手作りの逸品。コーチが「ジュニア用は割れやすい」というなら、一般のそれを買って大事に扱わせようじゃないの。
今度は自分が欲しかったラケット、針葉樹の木肌が美しい舶来物の5枚合板を子供に買い与えました。「絶対に落とすなよ」と言い聞かせて。すると……。
コンコン、ボトン、コンコン、
ボトンの回数は減りましたが、コンコンはネバーエンディングストーリー。「でも、まぁ子供用じゃないし割れないでしょう」と高をくくり、万が一割れた時は「話が違う!!!」とコーチを責めるつもりで温かく見守りました。
すると、なんということでしょう。半年後の破壊の不安を2回も乗り越えることができました。さすが、大人スペック。「ラケットに宿る八十八の神様も屈強な若者ぞろいなんじゃないの」と、ほくそ笑んでいたところで、コーチにまた「お母さん、お子さんのラケット交換した方がいいと思います」と呼び止められました。「えっ、割れてないのに?」と返すと「お子さんのラケットが変形しています」と言われ、再びズッコケました。
見ると、ラケットは楕円形がデフォルトのはずなのに、左側が直線になっています。どうやらラケットを台に当てすぎて弧の部分が削り取られてしまった様子。
(# ゚Д゚)(# ゚Д゚)(# ゚Д゚)KIYOUSUGI
私はラケットを振り上げて「何人の神様殺しとんじゃー!!!」と子供に発狂。その姿を見た夫に「新調するのやめて、家にある中古ラケット与えたら?」となだめられて我に返りました。「なるほど、その手があったか」。家に帰って確認すると、意外にも手持ちのラケットはいっぱいありました。夫が初めておこづかいで買った5枚合板や、夫がマンガを売って買った5枚合板、夫がボーナスで買った7枚合板など。家にある中古ラケットを子供にあてがうと、私の心は平穏を取り戻しました。案の定、半年後には柄のところからボキッと折れるほどラケットを壊してくれましたが、どれも夫のマネーで調達したものばかり。まったく腹が立ちません。結局、私の怒りの原因は「お金の問題」だったのです。それに気づくと、ラケットの淵で踊っていた八十八の神様もフェイドアウトしました。
それから数年後、高学年になった息子が、もう何本目かわかりませんが、またまたラケットを割りました。そのタイミングでコーチが「そろそろ特殊素材入りにしてもいいかも。アウターが合うのでは?」と提案。たしかに、そろそろステップアップをさせるタイミングかも。新しいものを与えても、さすがに高学年だし、雑に扱うこともないでしょう。
私は数年ぶりに財布のファスナーを開けました。そして、周りの子たちが使っているラケットを参考に、ついに1万円越え、正確には16,800円のラケットを購入。清水の舞台からダイブしました。
そして、子供に「これは高いから、いつもの中古とは違うから、絶対に落とすな!!!」ときつくきつく言い聞かせました。うちの子もさすが高学年のお兄ちゃん。「うん!」と良い返事をすると、そこから雑に扱う様子がありません。コーチとも「1回落としたら罰金100円」と約束したのだとか。そのあたりは小学生らしくてほほ笑ましいですね。
そんなある日、久しぶりに子供の練習を見学しに行くと、コーチが息子に「おーい、罰金が一日千円超えるぞ」と注意していてズッコケました。ラケットをぶつけたり、落としたりする様子がないのに、なんで、なんで? とそわそわしていると、子供が突然「あっ!」と叫びました。卓球台が3台並ぶ一番右端で練習していた子供が、勢いよくドライブをぶっ放った瞬間、ラケットが手から離れたのです。
ラケットは回転しながら宙を舞い、まるでループドライブのように高い弧を描きながら、隣の台の上で頂点を迎えました。私にはその一瞬が千秒に感じられて、円広志の名曲「夢想花」が頭の中に流れました。
「とんでとんでとんで まわってまわってまわってまわる~♪」。
落ちてくるラケットをキャッチしようと、私は現場に駆け寄りましたが、もちろん追いつくはずもありません。ラケットはさらにその隣の左端の台の上に突き刺さるように落ち、バウンドして地面に落ちました。
「大丈夫???」
とっさに出た言葉は、もちろん、子供ではなく、ラケットの安否確認のため。私が地面に横たわるラケットを拾い上げると、後ろから「高学年ともなると、落とし方も派手になるなー」なんて、その場にいた親御さんたちの笑いまじりの声が聞こえてきました。もちろん、一緒になって笑えません。少しでもラケットがかけていたら、息子をどうこらしめてやろうか。私は背後に八十八の神様を召還。ヒロシやトオルのようなツッパリの神様と共に子供をフルボッコにするか、それとも地獄で合板の薄い一枚板の橋を渡らせてやろうか。私は血眼になってラケットを隅々まで確認。ところが、小さなヒビすら入っていませんでした。
「さすが16,800円!!!」
お値段分の耐久性に感動した私が天井に向かってうなりを上げると、八十八の神様は手を振って天へと帰っていきました。
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