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松平賢二、「ウィーナー・ノイシュタッド」と契約。「今はワクワクが止まらない状態です」

 

元世界代表の松平賢二(協和キリン)がオーストリアのブンデスリーガ1部リーグの「ウィーナー・ノイシュタッド」と契約した。

ブンデスリーガとはドイツ語で「連邦リーグ」の意味で、ドイツ語圏のドイツ・オーストリアの国内リーグを指す。ドイツのブンデスリーガと、オーストリアのブンデスリーガはそれぞれの国の別のリーグである。

 

青森大学時代にドイツのブンデスリーガ2部リーグの「グレンツァオⅡ」(第2チーム)、1部リーグの「グレンツァオ」、同じくブンデスリーガ1部リーグの「フリッケンハウゼン」でプレーした経験を持つ松平。その後、フランスリーグ、ポーランドリーグを経験したが、5年ぶりにヨーロッパのプロリーグに挑むことになった。

「会社の規定でコロナ禍の2年半、外部との接触も減らすために海外リーグへの参戦はもちろん、国内でも他チームへ行くことが難しくて、自分のモチベーションを上げることも難しかった。今回、VICTASにお願いして、オーストリアのチームに話をつないでいただきました。
刺激が欲しかったし、今はワクワクが止まらない状態です。練習は主にドイツで行い、試合の時にオーストリアに向かうと思います。同じヨーロッパでも若い時とは違いますね。練習でも試合でも自分の視野を広げ、固まってしまった自分の価値観を変えていきたいと思っています」

 

大学時代に、ヨーロッパ卓球の洗礼を受け、急成長した。2012年の世界選手権団体では日本代表として銅メダルを獲得した。そして翌年の世界選手権個人戦でも男子ダブルスでメダル獲得まで「あと1本」のところで無念の敗退、ベスト8に終わった。
この10年間、日本の中堅として奮闘してきた松平賢二。青森山田中高で水谷隼と同期だったが、その水谷は引退した。
4月6日に33歳になった松平。

「33歳の今、ぼくの目標は全日本での優勝です。ヨーロッパに行っていろいろな相手と練習し、戦いたい。それが大きな経験になるし、もっとハングリーになりたいんです。年齢を重ねるとともに、ぼくはまわりに気を遣いながら卓球をしていた気がします。ヨーロッパに行くことで良い意味での『自己チュウ』になりたい。卓球に没頭したいんです。そこで昔の自分を取り戻すような刺激を求めたい。
今年、多くの選手がヨーロッパに行くのは知っています。日本はプロ選手も増えたし、東京アート卓球部の休部もありましたが、選手ならみんなが試合に出たいし、日本に戦う場がなかったら外に出るしかない。
ぼくとか(高木和)卓さんとか、この年齢でも海外に行ってプレーするのは日本にとってもプラスだと思っています。『まだこいつ、やるのか』と(笑)。30歳を過ぎても活躍できる、プレーできるんだということを示したいですね。
ぼくはベテランと言われるのは嫌じゃない。ベテランと思わせておいて、若い選手をギャフンと言わせたいんですよ(笑)。
1月の全日本で(松平)健太が30歳で決勝に行ったのもすごくうれしかった。弟ということではなく、30歳を過ぎた選手があれだけのプレーできるんだと見せてくれたことがうれしかった。
松平賢二、ヨーロッパで頑張って、力をつけて、日本に戻ってきます!」

卓球界全体のムードメーカーとも言える松平賢二。夏にヨーロッパへ向かい、ドイツで腕を磨き、オーストリアに爪痕を残すに違いない。

 

まだまだ若いぞ、松平賢二

 

 

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