卓球王国 2024年12月20日 発売
バックナンバー 定期購読のお申し込み
アーカイブ

「天国に行きたいと思うならば、まず地獄に堕ちることです」荘則棟

地獄に一度

堕ちなければ

天国には行けないのですよ

 

 四人組の逮捕は「文革」の終わりを意味していた。しかし、荘則棟は「文革」中に犯した罪状を調べられ、処罰を受ける。人生の谷底に落ちていき、反省の時を迎えた。しかし、彼は卓球への思いだけは捨てることがなかった。

 彼の尋常ならぬ卓球への情熱は、技術顧問として山西省チームに向けられることになる。

◇◇◇◇◇◇◇◇

山西省チームがナショナルチームに勝つようになった時に、どんな技を教えたのですかとよく聞かれました。

山西省ではチームのアドバイザーの立場で関わっていました。山西省の体育委員会の主任に「山西省の卓球は20年間成績を残すことができなかったが、あなたの手によって何とかできないだろうか」と頼まれました。自分で責任持ってやってもらえませんかと言われたのですが、「それはできません」と答えました。当時、山西省の代表チームには8人のコーチがいて、それぞれに6人の選手がついていました。もし私が監督になって、その中から選手を選ぶとしたら私がコーチたちから嫌われるでしょう。

「強い龍でもそこの縄張りにいる蛇にも勝てない」という諺(ことわざ)があります。他人の縄張りに入ったとしてもそこの主にはかなわない。つまり、いくら私に能力があって強くても、地元の人(山西省)には勝てないのです。だから、私は仕方なく嘘をつくことにしました。

「私は何年も卓球から離れているし、今の状況もよくわかりません。選手には担当のコーチがいるから私はサポートするだけでも良いでしょうか」と言いました。それによってみんながハッピーになるはずです。

 

実際、その後、それぞれのコーチから、この選手は私が見ているのですがどうしたら良いでしょうか、と相談を受けるようになりました。

この辺の事情には経済利益も絡んでいます。つまり中国では自分の担当している選手が活躍するとコーチもボーナスをもらえることになっているので、私が特定の選手ではなくて、みんなのサポートに回れば直接的にコーチたちの経済利益に関与しないので人間関係はうまくいくのです。

私が山西省の卓球チームに来た時に「何か希望はありますか」と聞いたら、「男女とも強くしてほしい」と言われました。「男女とも強くしようとすると両方とも強くならない」と私は答え、ある提案をしました。

 

ひとつ目の提案。

男子は男子だけの練習、女子は女子だけの練習をすれば、山西省の男子は男子のナショナルチームに勝てないし、山西省の女子はナショナルチームの女子に勝てない。女子には男子のトレーナーが必要です。ナショナルチームの女子も男子のトレーナーをつけて強くなったけれども、同様に山西省でも女子チームには男子のトレーナーが必要だったのです。

 

ふたつ目の提案。

練習時間はどのくらいするのですかと聞いたら、「6、7時間ほどやります」という答えが返ってきました。そこで私はこう言いました。「ナショナルチームも6、7時間の練習、あなたたちも6、7時間なら永遠に追いつかないんじゃないですか。どうやって勝てるんでしょう」と。「練習時間をナショナルチームの2倍することです」と私が言ったら、みんながすごい顔をしました。「私たちはいつ寝るんですか」と聞かれました。私はその時みんなにひと言言いましたが、後にこれは中国国内でも名言となりました。

 

 「生きている時にずっと寝ていたら、あなたがたは死んだ時に何をするんですか」

そう言葉を発した時、みんなは驚いたけれど、そのあと大きな拍手が起きました。

 「みなさんが天国に行きたいと思うならば、まず地獄に堕ちることです。地獄に一度堕ちなければ天国には行けないのですよ」と。

こうして私の山西省でのコーチ活動はスタートしたのです。

〈次号へ続く〉

*参考文献 『米中外交秘録』(東方書店)

 

◎そうそくとう/ツァン・ヅートン

1940年8月4日、中国・揚州生まれ、北京育ち。61、63、65年世界チャンピオン。有名な中国とアメリカのピンポン外交(71年)での中心的な存在となり、その後、33歳でスポーツ大臣まで上りつめるが、76年の江青・毛沢東夫人ら四人組失脚とともに大臣を解任され、失脚した。2002年12月、北京市内に『北京荘則棟・邱鐘恵国際卓球クラブ』をオープンさせたが、2013年2月10日に逝去、72歳で生涯を閉じた

 

写真は1970年代の荘則棟(左手前)。荻村伊智朗(中央・故人)、木村興治(右)の姿もある

 

 

関連する記事