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バタフライは終わりか。それとも始まりか。

 

2015年2月21日の

衝撃の値上げ。

テナジーの販売価格5400円が

8000円になった

 

バタフライ・ロゴのリファインから1年も経たない2015年2月21日に卓球界に激震が走った。タマスはテナジーを筆頭にバタフライ商品の問屋(唐橋卓球、ゼットなどの卓球ショップに供給する流通業者)への出荷価格を大幅に上げたのだ。それまでテナジーは6000円の定価で卓球ショップでの割引後(1割引)の販売価格が5400円ほどだった。そのラバーが一挙に8000円前後で売られることになり、ユーザーからすれば一気に3000円近く上がったのだ。

理由はいくつかある。値上げする前は、円安も重なり、日本の卓球ショップから海外へ大量にテナジーが流出していた。つまりブラックバイヤー、もしくはブラックセラー(非正規販売業者)と呼ばれる人たちが暗躍していた。前述した逆輸入と反対のケースだ。

中国や近隣諸国の業者が日本で大量にテナジーを買い付ける。空のスーツケースなら200枚から300枚ほどのテナジーが入る。日本で5400円のテナジーを買い付けたら、購入額は300枚で162万円だが、それを中国で売る。中国では当時、定価が1万円で割引されて8000円(300枚で240万円)ほどで売れる。本来輸入すれば関税が30%ほどかかるのに、持ち込み荷物ならばそれも通過するので、この業者は1回の買い付けで78万円ほどの利益を手にする。実際に卓球ショップにバスで乗り付けた中国人が、お店のすべてのテナジーを買い占めようとしたという話もあったという。

同様に日本のネットショップに中国や近隣諸国から大量にテナジーの買いの注文が入る。もしくは日本のお店が「売り」を持ちかける。関税を逃れつつ、国際郵便などで海外に送るネットショップもあった。「日本の業者が海外の販売店に数千枚の密輸話を持ちかける例も報告されるなど、正規代理店が被害を受けていました」(タマス社・山松謙三取締役)。

グローバル企業であるタマスは、世界各地に現地法人(中国タマスやヨーロッパタマスなど)や正規代理店を抱えているが、ブラックバイヤーが購入した安いテナジーが海外の市場に出回り、現地法人や代理店が悲鳴を上げた。各国の代理店を守るためにもタマスは価格の是正をすることが急務だった。

 

内外の価格差を埋めた

世界標準価格を目指し、

ブラックバイヤーを消滅させた

 

日本と外国での価格差を埋めれば問題が解決するとみたタマス本社は日本での価格を上げ、「世界標準価格」とも言える価格設定を断行した。価格差がなくなれば、ブラックバイヤーや国内のネットショップも大量に買い込んで、海外で薄利多売するうまみもなくなる。

海外への流出がラケットではなく、テナジーに集中したのは、スーツケースや国際郵便で運ぶことができるほど、かさばらずに一度に大量に運ぶことができるからだ。しかもテナジーは単価の高いラバーであり、売りっぱぐれがない商品だったからだ。

「2015年2月21日に日本市場でテナジーおよび一部ラケットの出荷価格を改訂したことにより、これら製品の海外市場への流出は収まりました。また、それまで日本のインターネットショップなどで過当とも思える価格競争が繰り広げられていましたが、価格改訂後は落ち着きを取り戻しているようです。これらにより、中国や韓国などの近隣諸国のみならず、海外の各市場でのテナジーほか当社製品の出荷数量は増加し続けています。一方で、日本市場におけるテナジーの販売数量はいったん減った後に増加傾向を示していますが、以前のような過熱状態ではありません」(山松)

つまり値上げをする前の国内でのテナジーの販売枚数は、国内の売り上げの実態とは違った。当時は業者が買い付けるテナジーが海外に流出していたわけだから、流出が止まった現在の国内での売り上げが実態の数字とも言える。

2015年2月にラバー、ラケットで値上げに踏み切ったタマスだが、同時にオープン価格を実施した。問屋への出荷価格を一定にしつつ、あとは流通業者である問屋と卓球ショップという小売り業者が自分たちのマージン(利益)をそこに乗せる。定価というものがないから自由に店頭での価格を決め、当然、定価がないから「○%割引」という文言は使えない。

通常、問屋は仕入れた商品に5%から10%の間のマージンを乗せて卓球ショップに出す。問屋の役目は各メーカーの商品を在庫し、お店がそれぞれのメーカーから商品を仕入れる煩雑さを軽減し、仕入れを一元化できることであり、メーカーとしても出荷先を絞り込むことができ、ショップからの集金も問屋が行う。ただし、メーカーによってはお店と直取引を行うところもあり、問屋へのマージンを省くことで、よりショップのうまみ(利益)を出すところもある。

ひとつの例をあげよう。

6000円の商品で、メーカーから問屋に3000円(50%)で出荷されるとしよう。そこに問屋は10%のマージンを乗せ、3300円でショップに出荷する。そしてショップでは定価の10%(600円)割引の5400円で販売する場合、お店の利益は5400円- 3300円=2100円となる。

オープン価格ならばメーカーが同じように3000円で出荷し、問屋がマージンを乗せ、お店に3300円で入ったとしても、そこからはお店が価格を決める。5400円で売ってもいいし、6000円で売ってもいい。値段を決めるのはお店だ。

タマスはテナジーの出荷価格を引き上げることで、ヨーロッパや中国などの販売価格と日本での販売価格の価格差を埋め、ブラックバイヤー、ブラックセラーの利益を消していき、オープン価格にすることで「割引」と表現させずに、過当な割引を抑制した。

もちろん、1年前の値上げで最大のマイナスを負ったのはユーザー(購入者・ お客さん)である。ユーザーにとっては海外流出は関係のない話だが、そういったブラックな人たちのせいで結果的に高い価格のテナジーを買うことになってしまった。

日本以外ではオープン価格がないために、中国ではテナジーの定価が628元(現在約10670円)でここから割引があるが、ヨーロッパはテナジーの販売価格が57ユーロ(約7125円)、アメリカならば75ドル(8325円)と為替の影響で多少のバラツキはあるものの、市場での実勢価格はどこの国でもさほど変わらないように設定したために、テナジーの闇マーケットがほぼ消滅し、日本以外の中国、韓国、台湾、東南アジア、そしてヨーロッパでも売上げは伸びている。

ただし日本では最初から8000円のラバーだったわけではなく、5000円前後で買っていたラバーがいきなり3000円近く値上がりしたのだから、その理由を知るよしもなくテナジーユーザーが一時的にタマスを批判したり、買わなくなるのは当然だろう。

大手の卓球ショップに聞いても、テナジーがもっとも売れていた時期と比べても、値上がりしたことによって4割程度しか戻っていないと言うが、テナジーの利益率は相当に高くなった。

こういった大胆な価格変更をタマスができたのは、強い商品力があったからだ。  特にテナジーはトップ選手から圧倒的な支持を受けていて、海外でも確実に売れるラバーである。それはバタフライというブランドの信頼性が高いことと直結している。

Aという選手がBメーカーと契約する。当然、AはBメーカーのラバーやラケットを使うことが契約の条件で、もしBメーカー以外のものを使えば契約違反となる。ところが、最近では選手はあるメーカーと契約する時に、「フォアのラバーだけはテナジーを使いたい。バック面とラケットは契約メーカーのものを使うから」という条件で契約する。この現象は過去にはあまりなかったことだ。これは多くの選手が「テナジーとそれ以外のラバーでは何かが違う」と感じているからだ。

 

この記事掲載当時(2016年5月)は専務だったが、同年9月に社長に就任した大澤卓子氏

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