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インタビュー

東京オリパラでVPMの大役、世界の人たちと笑顔でコミュニケーション

東京五輪でカメラマンの撮影の状況をチェックする温田さん。五輪の1年延期でボランティアスタッフの数が大幅に減り、こなす仕事は多岐に渡った

 

-東京五輪でVPMをやることは、周りの人に話しても良かったのですか?

温田:内定後、「この件はしばらく誰にも言わないでください」と言われました。オリンピックでの写真は誰もが撮れるわけではないし、選手や関係者も写真を欲しがるので、VPMがカメラマンに便宜を図って不正を行ったケースが過去にあったそうです。だから直前まで周りの人には言えなかったし、「飴玉1コでももらったらいけない」ぐらい厳しく言われていました。

 

-実際にVPMとしての仕事がスタートしたのは、いつからですか?

温田:6月24日から、MPC(メインプレスセンター)が設置される東京ビッグサイトで研修があって、実際に東京体育館での仕事がスタートしたのは6月28日からです。研修の最初に説明会があって、全競技のVPMと、記者のサポートや仕切りをする『VMM(ベニュー・メディア・マネージャー)』が合計60数人、勢揃いしたんですけど、恐らく私ひとりだけ大会の仕切りをやったことがなかったので、最初は蚊帳(かや)の外でした。

 一番困ったのは業界用語。VPMやVMMも聞き慣れない言葉だと思いますけど、東京体育館が『TGY』、プレス(報道・メディア)が『PRS』とか。「この人たちは何を言ってるんだろう」と思いながら聞いていました(笑)。

 

-大会の仕切りについては初体験だし、想像しただけでも大変そうですね。

温田:着任してすぐ、東京体育館の天井にカメラを取り付ける作業に関わることになったんですが、その作業ひとつだけで、8つの会社の50人くらいの人が関係していました。その日程を前任者から引き継いで調整したり、追加になった予算書を作成したり、駐車証を忘れた方のために駐車パスを発行したり……。

設置するケーブルの種類とか、専門用語もちんぷんかんぷん。「すみません、ぼくは何もわからないのでひとつずつ教えてください」と言ったら、「そこは温田さんの仕事ですよ」と言われて、「コイツで大丈夫なのか」みたいな目で見られましたけど、そこを「何とかお願いします」と一つひとつクリアしていくことで、だんだんと仕事全体の流れがわかってきましたね。

 

-今回の東京五輪はフォトポジション(カメラマンが撮影できる場所)が多く、非常に写真が撮りやすかった。温田さんのおかげですね。

温田:最初の段階では、フォトポジションが審判台の真後ろでした。これでは写真の撮りようがない。そこで会場の担当者や、OBS(オリンピック放送機構)の担当マネージャーと交渉して、新たにフォトポジションを追加してもらった。そこでは、実際に大会で写真を撮ってきた経験が生きたと思います。

 それから今大会、カメラマンがかなり自由に動いて撮ることができたのは、OBSとの関係が良好だったからだと思います。もちろん東京体育館のOBS担当者さんのおかげでもありますが。OBSのマネージャーのパトリックさんはアイルランド出身で、アイルランドで有名なサッカー選手の名前を出したら距離を縮めることができて、面白い日本語や空手のポーズなどを教えて仲良くなりました(笑)。

 最後は「OBSテレビに映らなければ、基本的にはOKするよ」と言ってもらって、観客席もカメラマンに開放してもらった。コロナ禍で、カメラマン同士のソーシャルディスタンスは守ってもらう必要がありますが、かなり自由に撮影できたと思います。実際に、他の会場で別競技を撮影したカメラマンの方々から「TGY(東京体育館)のオペレーションはパーフェクトだ。こんなに撮影しやすいオリンピックは初めてだよ」と声をかけていただき、うれしかったです。

 

東京体育館のフロアに設置されたカメラマン用のフォトポジション。新型コロナ対策として、ひとつのベンチにつき2人までしか座れない

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