卓球王国 2021年1月21日発売 vol.286
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馬龍、語る。「どん底に落ちたけど、這い上がってきた」

 

自分の性格は変えることが難しいから、

それが自分自身の悩みの種のひとつだった

 

馬龍はジュニア時代から中国の次の時代を背負っていく大器と言われていた。そして、その期待を裏切らずに順調に強くなった選手でもある。

18歳で06年世界選手権ブレーメン(団体)に初出場し、世界団体では5大会連続で優勝に貢献。シングルスでは09年横浜大会から3大会連続で準決勝の王皓戦に敗れた。

10年モスクワ大会(団体)の決勝ではボルに敗れ、11年ロッテルダム大会では張継科が優勝したことで、12年ロンドン五輪のシングルス枠から外れ、団体戦の3番手としての出場に甘んじた。ライバル張継科が世界、五輪と次々にタイトルを奪っていくのを尻目に、「大器・馬龍」は大成できずに失意の底に沈んでいた。

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●――王皓と張継科についてはどうですか。王皓は世界選手権で3回負けた「壁」であり、張継科はライバル。自分を成長させるための存在でしたか?

馬龍 この二人は自分の壁と言うべき存在ではないですね。王皓は自分より年上だし、学んだことも多い。世界選手権で戦った3回は、3回とも性質の違う敗戦だった。1回目の対戦は、自分が未熟だったし、王皓の全盛期だった。2回目はチャンスはあったけど、自分の経験不足もあった。3回目は彼が引退する寸前なので、ぼくが楽に勝てると思われたことが逆にプレッシャーになり、最後は彼の経験もあって負けた。いずれにしても王皓は尊敬すべき先輩です。

張継科は、小さい頃から一緒に育ったし、若い時に先に世界選手権に出たのは自分だった。だけど、その後、短期間で彼が世界選手権と五輪のタイトルを獲ったのは、彼の努力もあるし、彼の卓球スタイルが優れていて、卓球への情熱もあったからです。それは見習わなければいけない。張継科のようなライバルがいたからこそ自分も練習に打ち込めたし、鍛えられていったわけだから、これからも彼を目標にして頑張っていきたい。この二人には感謝しなければいけない。

 

●――熾烈な争いを行っている中国の国家チーム。一緒に練習をしていながら彼らに勝てない自分がいた。その時期に考えたことは何ですか。彼らにあって、自分にないものは何だろうと。

馬龍 王皓とのことを考えると、ぼくが世界のトップクラスに上がっていく時には王皓がピークを過ぎ始める頃だった。普段の試合では勝っているのに、本番の世界選手権大会で負けるということは心理面での差だったと思う。自分がプレッシャーを感じ、自分のメンタルを調整できなかったのです。

張継科には意外と勝っているのに、負けているように思われるのは、大事なところで彼に負けたり、ぼくが負けた時に彼が優勝しているからでしょう。これからが本当の彼との勝負だと思います。

 

●――「大事なところで勝てない馬龍はメンタルが弱い。人が良すぎるから世界で勝てない」と言われたこともあるのでは?

馬龍 確かによく言われました。でも、自分では、大事なところで優しさが出てしまうとか、メンタルが弱いとは思っていない。しかも自分の性格は変えることが難しいから、それが自分自身の悩みの種のひとつだった。ただこの数年間でメンタル面を調整して、今大会でそれを克服できた。

メンタルの部分はいろいろ原因があったと思うけど、今大会、紙一重の差で乗り越えたのは大きいし、成長できた部分だと思います。大会の間、秦志戩コーチや劉国梁監督にもアドバイスをもらいました。みんなが時間をかけて、ぼく自身の勝負での弱さを克服できるようにサポートしてくれました。

 

●――やはり世界の頂点に立つと、見える景色は違いますか。3位と1位では全然違うものですか。

馬龍 確かに世界選手権で優勝したことは、階段を一段上がったことになるけど、これは始まりでもある。もう一段階上を目指さなければいけない。いろいろ褒められたりもしたけど、そういう時にはもっと冷静にならなければいけないし、総合的な分析力を強化しなければいけない。真のチャンピオンになるためには心技体、そして人間としての総合的な力で結果を出さなければいけないと思っています。

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