卓球王国 2021年10月21日 発売 vol.295
バックナンバー 定期購読のお申し込み
アーカイブ

水谷隼全インタビューvol.2「その言葉のすべて」2007年夏

インターハイ学校対抗での水谷隼。今年の三冠でインターハイでは通算7個のタイトルを獲得。日本選手としては渋谷浩以来の最多タイ記録を作った

呉尚垠とやる前から
結構やれるという自信はあったし、
あの試合では戦術も良かった。
勝ったことで相当自信になりました

 

●——インターハイ直後、休む間もなく、プロツアーのチャイニーズ・タイペイオープンに向かった水谷は、自らの言葉を実行に移すかのように、世界ランキング6位の韓国の呉尚垠に勝ち、3位に入った。世界ランキングも72位から58位まで上げた。
水谷 インターハイのあとに静岡の実家に戻り、1週間体をゆっくり休めました。練習は全然してなかったけど、練習しなくても強くなれるという自信があった。呉尚垠とはブレーメン(世界団体)に続いて2回目。ブレーメンでやっていたので慣れて、レシーブミスがなくなってきた。ぼくのサービスも効いていて、呉尚垠のレシーブもあまく返ってくる感じだった。
1ー1になった3ゲーム目、9ー6から逆転されたけど、4ゲーム目は逆に7ー10から逆転して2ー2にもっていけた。呉尚垠は凡ミスが出て、チャンスボールも来た。このゲームを取った時点で「いけるかな」と感じた。5ゲーム目を簡単に取って、6ゲーム目は3ー0になった時に相手がタイムアウトをとり、10ー8のマッチポイントになった時にぼくがタイムアウト。でも10ー10に追いつかれた。そこで一か八か、相手のドライブをカウンターで攻めて11ー10。最後はフォア前に浮いたレシーブを狙った。
彼とやる前から結構やれるという自信はあったし、あの試合では戦術も良かった。勝ったことで相当自信になりました。

●——プロツアーでは初の準決勝進出で、サムソノフにはストレート負けだった。
水谷 初の準決勝の舞台で1台のコート。「簡単に負けたらどうしよう」と思って、試合前から震えが止まらなかった。そういう意味では試合前から負けていた。ただ全体的に言えば、結構良い試合ができた大会でした。