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水谷隼全インタビューvol.2「その言葉のすべて」2007年夏

思っていた以上に
相手の技術がすごかった。
それがわかっていても
対処できないくらいすごかった

 

●——ダブルスで中国ペアと激しい試合を2試合やって、特に郝帥・馬龍ペアに勝ったのは自信になったんじゃないだろうか?
水谷 勝って自信にはなったけど、いつかは勝てると思っていたし、それが世界選手権だったということ。ものすごい当たりというわけではなくて、自分たちのプレーをした。自分たちはトップクラスの選手たちに勝てるダブルスというのは認識できていた。

●——続く準々決勝の王励勤・王皓ペアとの試合は?
水谷 二人とも台上の払い(フリック)はすごかった。特に王皓の払いはクセがあって、バックの裏面での払いは横下回転や横上回転が入っていたり、本当に取りにくかった。フォアもナックルになったり、上回転が入ったり、思っていた以上に相手の技術がすごかった。それがわかっていても対処できないくらいのすごさでした。

●——中盤から後半にかけては五分五分のラリーになった。
水谷 最初は驚くばかりで「オーッ」という感じでなす術がなかった。後半は戦術を変えていって払いも返せるようになった。目標はメダルだったから悔しいのが99%です。後悔も大きいですね。ぼくが簡単なボールをミスしたから。これが世界のメダルを決める試合だという意識をもっと強く持っていれば、勝ったかどうかはわからないけど、もう1ゲームくらいは取ったと思う。

●——全体としてはザグレブというのは、どういう大会だったろう。
水谷 目標はメダルだったので、結果として残念です。ただ、シングルスには悔いはないですね。自分のプレーが全部できた。もちろん3-0から負けたのは残念だけど、それは結果論で、3-0ではなく2-1、もしくは0-3になってもおかしくない内容だったから。ただ、負けたという事実から、相手が自分より上だったということは認めなくてはいけない。

●——この大会で自分の方向性とか、これをやればメダルに近づくというのがわかったのかな。
水谷 とにかくサービス、レシーブはもっともっと良くしなくては。特にレシーブはまだまだだし、試合の流れで戦術変換になるサービスも身につけたい。7ゲームの最後まで効くような頭の切り替えとか戦術を持ちたいですね。

●——ブンデスリーガは今年5年目。最初は3部リーグ、次に2部リーグで2シーズンを経て、1部で2シーズン目となった。
水谷 今シーズンからボルも入ってくるし、彼の練習や試合を見ることで、戦術や技術を感じて、得るものはたくさんあると思う。ふだんの練習でもボル、コルベル、ズースとやれる。去年までは「やってもらう」という感じだったけど、今度は「一緒にやる」という感じで、楽しみです。
今シーズンは自分が出る試合は全勝したい。全勝できなくてもチームで一番勝ちたい。それにブンデスリーガ、ドイツカップ、ヨーロッパチャンピオンズリーグという3つの大きな団体戦で優勝したい。チャンピオンズリーグはベルギーのシャルロワとやると、向こうの会場に7千人とか観客が入ると聞くし、そういう場所で早くやりたいですね。

●——インターハイで優勝してからしばらく時間が経ったけど、何か実感はある?
水谷 とにかく今でも思い返すとホッとします。もし負けていたら、日々後悔することになっただろうし、周りからも批判されたと思います。これから北京五輪に向かっていく中で、インターハイで優勝したことよりも、そういう後悔や、批判されながらの精神状態でこれからの試合に向かわないですむことが本当に良かった。

●——最後に卓球ファンにメッセージを。
水谷 目標や夢は、オリンピックに出てそこでメダルを獲ること。そのためにも1試合1試合を大切にしていきたい。まだ進路は決まっていませんが、高校を卒業しても今までのことを無駄にしないように、卓球のためだけにこれから生きていく道を選びたい。
夢はひとつだけじゃないし、夢は叶えるためにあるもの。無理なら新しい夢を作ればいい。夢に向かっていく過程で人は成長していくと思っています。


普通の高校生活にあこがれがあるのかな、と聞くと、「メチャメチャありますね。あこがれますよ、学校に行って友だちと遊んだりとか。ドイツに来たことを何回も後悔したことがあります」という答えが返ってきた。
全日本チャンピオンと言っても、まだ18歳のティーンエイジャー。素直な感情の発露がある一方で、中学生の時からドイツに渡り、孤独や疎外感を味わい、厳しいプロリーグの中に身を置きながら、その青春という時を過ごした水谷隼。
そういった特別な時間の積み重ねがこの少年を強くし、チャンピオンにならしめたとも言えるし、「普通の時間」がなかったことが、彼の欠落している部分とも言える。
2007年、記録に名前を残した水谷の先にあるものは、北京五輪だ。もしその舞台に立てるならば、彼はそこでまた特別な時間を経験することになるだろう。
経験という鎧を身につけ、若きチャンピオンは世界へ向かう。その才気あふれるプレーで卓球ファンを驚かせるために。

■みずたに・じゅん
1989年6月9日生まれ、静岡県出身。現在、青森山田高3年。全日本選手権バンビ・カブ・ホープスでそれぞれ優勝。ジュニアでは史上初の3回優勝、全日本選手権の一般では今年の1月に17歳7カ月という史上最年少記録で優勝。この8月のインターハイで男子単初優勝。現在、ドイツのブンデスリーガ1部の『デュッセルドルフ』でプレー。世界ランキング58位(07年9月現在)

 

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