今回のインタビューで、チャンピオンという重い立場にいながら、水谷は「補助剤問題」に初めて言及した。それは中国選手や他の外国選手が検査器に引っかからない補助剤を使っているという情報だ。クリーンな日本の中では「タブー」とも言える問題に踏み込んだことになる。今までごく一部の人しか知らなかった補助剤の裏事情をあえて公にするほど、彼自身の発言は怒りに満ちていた。
それはもちろん負け惜しみや言い訳ではない。「フェアな条件で試合をしたい」という、スポーツマンとして当たり前の感情の発露なのだ。
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――5月のロッテルダムでの世界選手権というのは2年前の横浜とは違う。周りが君を見る目も変化している。
水谷 もうひとつ何かが欠けている感じがする。それは自信というか、自分自身がまだ強くなっていないから。他の選手の試合や練習を見ていると、こいつ強い! と思うのに、自分に自信が持てない。健太や丹羽の練習を見ていても、こいつ強い! なんであれが入るの、と見えてしまう。自分に対して自信がないんですよ。
――それは周りの人は全く理解できない。全日本で5回も優勝すれば、世界はオレを中心に回っている、くらいの自信を持つものでしょ。
水谷 もしかすると中国と比べるから自信がないのかもしれない。頭の片隅のどこかにそれがあって、それを思い浮かべるから自信が持てないのかも。ただ、その中国のことは今は考えないようにしている。
――なぜ?
水谷 補助剤の問題があるから、それが解決するまでは中国選手は蚊帳の外に置いておきます。
――それは、以前から噂されている、彼らが補助剤を塗っているから不公平だという思いだろうか。
水谷 今自分がやるべきは中国以外の選手に負けないこと。それにボルは補助剤を塗っていないので、ボルに勝つことを考えています。中国のことを考えるだけで本当に腹が立ってくる。今まで一部の人しかわかっていなかったし、こういうアンフェアな状態でぼくらは言い訳しないで頑張ってきた。補助剤さえなければ世界の卓球は大きく変わるんです。
でも補助剤の件で、日本以外の他の国が動かない。なぜなら他の国の上位選手はみんな塗っているから。日本は誰も塗っていないから強く言えるのに、他の国が動かないから、日本も動こうとしない。日本はクリーンだからガンガン言えばいいのに、強く言わないと何も変わらない。
早く変わらないと本当に手遅れになる。これでもし5年後に補助剤が禁止になるくらいなら、ぼくはすぐに卓球をやめますよ。時間が進むたびにぼくは後悔していく。違反している選手に横浜でも負けて、次の時も負けたりとか、時間が経てば経つほど怒りがこみ上げてくるし、むかついてくる。
――ドイツなどのヨーロッパ選手、中国選手でも、こいつは塗っているんだろうかと疑ったり、アンフェアな気持ちのまま試合をすると、心理的に乱れたりするのでは?
水谷 ボール自体の質が違うから、中国のラバーに自分の用具でどうやって対抗できるんだろうかとか、日本選手の多くが海外の選手と試合をした時に用具の限界を感じている。
――ただ、昔はみんなが塗っていて、同じ条件でも中国選手は強かった。
水谷 もちろん塗らなくても世界のトップ10には何人か入るだろうし、彼らもバックには日本製ラバーを使っているけど、フォアのカウンターとか、あんな低いところからすごいボール打たれたら対応できない。練習でそういうボールを受けていないから。あれさえなければもっと互角に戦える。韓国選手も日本製ラバーに塗っているし……。
こんなこと公にしても普通の人からしたら、すごい汚い言い訳にしか聞こえないでしょ。ぼくは補助剤を使いたいんじゃない、なくしたい。それが選手の声なんですよ。だから補助剤を検査する機械を作ってほしい。世界の選手はなぜ日本選手は使わないのと思っていますよ。選手間ではオープンなんですよ、補助剤のことは。ドイツとか韓国の選手は「何塗っているの?」と聞いてくる。
中国は悪びれずに使っている。実際に回転がやばいんですよ。スピードは何とか対応できるけど、回転は受けたことがないから対応できない。全日本みたいにみんなが同じような用具なら実力が出るし、集中できるけど、海外の試合ではえげつないボールが入ると「(補助剤なしで)あんなの入るわけないだろ」と思う。ヨーロッパ選手は塗っていてもまだ対応できて、我慢できる範囲だけど、中国選手にやられると我慢できないほどの質の高いボールが来る。スピードグルーを塗っていた頃とボールは変わっていない。
とにかく補助剤がなくなるようになってほしい。みんなフェアな状態で試合をさせてほしい、その点だけです。そうでないとぼくらの貴重な時間が失われていく。卓球は用具に左右されてしまうから、ここを解決してほしい。今日本の選手がクリーンなうちに協会に訴えたいですね。今でこれだけやれているんだから、補助剤さえなくなれば、絶対日本が世界のトップに立つことができますよ。
――目の前にロッテルダムの世界選手権もあるし、ロンドン五輪も近づいてくる。これからの時間がより大切になる。
水谷 もちろん現状に満足はしていないし、ロッテルダムではシングルスでのメダルが目標です。でも自信はないです。ぼくは常に(長期間の)予定がないんですよね。次の試合がいつあって、その試合をどうするのかということしか考えていない。その積み重ねの末にロッテルダムが目の前にある。
これからはヒールなんで、きれいごとは言わない。メダルの色は何ですか、と聞かれても、知らないです、なぜ言わなきゃいけないんですかという態度にします。普通のマスコミなんて言ってもどうせ放送してくれないから、時間の無駄です。
――ヒールの水谷、良い子の水谷、どっちが本当の自分なの?
水谷 中間ということにしてください。それか、その日の気分で。でも、そのうち辛さに耐えられなくて元に戻って、その時にはみんなが離れて手遅れだったということになるかも。それで、周りに誰もいないところから、ぼくは一から頑張るんですよ。
――君はつるんで行動することを嫌う。普通はつるんだほうが楽だし、責任も小さくなるから、日本人は誰かと一緒に行動するものだけど、君は違う。
水谷 ひとりが多いですね。わかってもらえる人だけにわかってほしい。それはずっと思っている。卓球の水谷隼もそうだし、ひとりの人間としての水谷隼もそうだけど、本当に信頼できる人にだけ自分をわかってほしい。わかってもらえない人にわかってもらう必要はない。100人いて100人が水谷隼が好きとはならない。どれだけいいコメントをしても、絶対水谷が嫌いという人はいる。嫌いな人は嫌いでいい。本当の水谷隼をわかってもらえる、受け入れてくれる友だちやファンを増やしていきたい。無理に、みんなにいいように思われなくてもいい。
まだまだこれからです。先のことは自分自身もわからないけど、一度は下降する、急下降する時が来ると思っている。逆の言い方をすれば、こんなに順調に行くわけがない。今まで苦しいことがあったのに、気づいていなかったのかもしれないけど。
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「5回目だからもうネタないですよ」と、会うなり彼は言った。しかし、2時間近くのインタビューは刺激的なコメントを発しながら、いつものようにあっという間に終わった。ヒールになると言いながら、ジャパントップ12の優勝後には、1時間以上も待っていたファンのために、最後のひとりまで丁寧にサインや写真に応じ、ファンを大切にする水谷隼の姿があった。こんな優しい青年がヒールであるわけがない。
今年、全日本という国内最高の山を駆け足で踏破した。次に世界最高峰の山へ向かう。上には中国という厚い壁が待ち構えているが、メダルという頂は近くまで迫っている。サインや写真だけでなく、もっと大きなプレゼントを、彼は日本の卓球ファンに届けてくれるかもしれない。 (文中敬称略)■
●インタビュー・2011年1月28日
水谷隼●みずたに・じゅん
1989年6月9日生まれ、静岡県出身。全日本選手権ではバンビ・カブ・ホープスでそれぞれ優勝。一般では史上最年少の17歳7カ月で優勝し、11年1月の全日本選手権で男子では史上初の5連覇を達成した。世界選手権では団体戦(08・10年)で2個、ダブルス(09年)で1個、計3個の銅メダルを獲得。10年12月のITTFプロツアー・グランドファイナルでも、日本人として初めて優勝を飾った。(当時)スヴェンソン所属、明治大学3年、世界ランキング7位(11年2月現在)
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