【エッセイ=西村友紀子】
ホカバを目指す卓球キッズの親御さんのことを、私は卓球母(たっきゅうぼ)と呼んでいます。卓球母は一般のママとは似て非なる感覚を持つ生き物。そのぶっ飛んだ行動を卓球母のひとりである私の体験を通してご紹介します。
私は高校生スタートの卓球レディース。学生時代、小学生スタートのライバルに勝てなかった悔しさから、我が子が小学生になると卓球教室へ週に3回以上も通わせることに。そんなある日、12歳の息子が「5歳の子に腕相撲負けた」と言い出しズッコケました。
相手は卓球場へよく遊びに来る年長の男の子Aくん。遊んであげるつもりで腕相撲したら、あっさり負けたとか。そんなはずはない。毎日3時間、ラケットを振ること5年。息子の利き手である右腕は鋼のような硬さに仕上がっているはず。私は子どもの右腕をわしづかみにして確かめました。するとボヨヨーンと鶏もも肉の弾力。あれれ、想像していたのは鶏せせりの硬さだったんだけど??? 左腕もわしづかみにして比べると。うん、右腕の方がちょっと硬いけど左腕と僅差。こんなのありえない。卓球の教科書には「卓球選手はラケットを握る腕の方が太い」と書いてあるのに……。
テレビで早田ひな選手や森薗政崇選手が、左右の腕の太さの違いを笑顔で自慢していた。あの映像は一体なんだったのか??? 半年前、子どもがラケットを合板からアウターに変更。コーチが「このラケットで飛ばなかったら腕の問題や」と笑っていた。その直後、アウターを振っても笑えないくらい子どものボールが飛びださなかったのは、腕前ではなく腕自体が問題だったというのか???
どうしたらいいのだろう。私よりも焦りを感じたのは息子の方でした。息子は、製薬会社に勤める卓球の上手なおじさんにもらったプロテインを飲み始め、ダンベルで右腕のみを強化。卓球には上腕筋が必要だから、体を鍛えるきっかけになったのなら、年長さんに腕相撲負けたのも悪いことではありませんね。
そして、筋トレ開始から1ヵ月が経過。子どもの打つボールに心なしか重みを感じられるように。「トレーニングは裏切らない」という誰かの言葉通り、努力の成果が現れはじめたのです。年相応、もしかしたらそれ以上に筋力がついたんじゃないの? と私もニンマリ。そんなある日。Aくんが再び卓球場に登場。息子は会うなり「腕相撲しよう」と、卓球ではなく腕相撲の勝負を挑みました。
Aくんは「お兄ちゃんに遊んでもらえる」とばかりに息子と手を組み大はしゃぎ。ところが、息子が「レディー、ゴー」と言った瞬間に、Aくんは勝負師の顔に。その幼い手に6年生の真剣勝負への熱い思いが伝わったのでしょうね。息子も幼子に対して容赦なく力を加えていきましたが、さすがは12歳に勝ったことのある5歳児。手があと10センチのところで机につきそうになっても、Aくんは腕を震わせて懸命にこらえます。
私はハラハラと心を震わせて二人の腕相撲を見つめていました。周りにいた大人の中には「もう、それくらいでいいんじゃない。小さい子がかわいそう」とAくんを心配して声をかける人もいます。息子は外野の声を気にせず、最後の力を振り絞って、男の子の腕を倒し切りました。この世に出てまだ5年の細い腕をポキッと。
「やったー。やっと勝てた!!!」。
ホカバ予選に通るよりも嬉しそうに、飛び跳ねて喜ぶ我が子。5歳児に勝っただけなのに、なぜか周りの注目を集め、卓球場にいた幼子たちが「次は僕!」と、こいつなら倒せる気分で息子の前にずらっと並びました。そう、喜んじゃいけない方の人気者になったのです。すると、先ほどの男の子が「もう1回やろう。今度は左手でやって」と再戦を申し込んできました。
勝者の気分に浸る息子はノリノリで「いいよー!」と左手でAくんの左手と組みます。Aくんは再び勝負師の表情に。お遊びなのに、Aくんも負けず嫌いでかわいいですね。和やかな光景を背に、私は足元に散らばっていたボールを拾いはじめました。すると、息子の意気揚々とした「レディー、ゴー」の掛け声の数秒後にパタンという音が……。振り向くと、息子の腕が机の上に横たわっていました。
( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)MAKETA
「なんでー!!」と叫びながら、その場でもがき苦しむ息子の様子に、Aくんは喜ぶのを躊躇。周りにいた子たちも失笑しています。その場に流れる痛い空気を察したのでしょうか。息子は「今度は左腕を強化してくるからな!」とAくんに捨てゼリフをはいて去っていきました。「えっ、ちょっと大丈夫?」私が息子を心配してハラハラしていると、大人の誰かの口から出た心の声が耳に入りました
「そんなことより、卓球頑張れよ」
m(__)m GOMOTTOMO
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