全日本ジュニアチャンピオン、元世界代表の松平志穂(サンリツ)が最後の全日本のシングルスで、伊藤ゆづき(桜丘高)に敗れ、コートを去った。まだダブルスの試合を残しているが、ケガに苦しんだ選手生活を振り返った。
●松平志穂のコメント
相手は年下で向かってこられて、戦術が単調になってしまった。サービスが効いていた分、サービスで取ろうとしたので、もっとラリーに持っていけばよかった。早く決めたいという気持ちがありました。
(最後の全日本ですね)ケガが多くなって、しっかり練習をやりたくてもできないのが一番大きな理由ですね。一昨年も肉離れをしたり、去年もアキレス腱を傷めて、ケガをして、また振り出しに戻ることが多かった。まだダブルスがあるので、シングルスが終わったと言っても特別な感情はないですね。
全日本社会人でケガをして、1月4日から自分の練習を始めました。
1日の地震はびっくりして、現地のほうが怖かったと思うけど、映像で見ていたら、自分も張り詰めていて、2日間くらい寝ていなかった。4日からの練習再開で、卓球をしている時には少し忘れられた。
1月2日には家族の声を聞いて、「大丈夫」と言われました。一番上のお兄ちゃんと父が家を見てくると言い出して、まだ余震も多かったので、それを私が賢二に電話して、止めてもらいました。
実家に帰ったときには母方の親戚のいる輪島の朝市はよく行っていて、お魚を食べたり、えがらまんじゅうを食べてました。
テレビを見ているとつらくなってきて、卓球をしている時が地震のことを忘れられるときでした。両親も全日本に向けて頑張ることを望んでいたし、今回も応援に来てくれました。
(両親への思いは?)
4人も兄妹がいたのにみんな早くに親元を離れて、ここまで卓球をやらせてもらったことに感謝したい。兄妹4人ともホームシックになることもなく、親からすれば寂しかったかもしれないけど、いつも離れたところから見てくれていた。自由にやらせてもらい、何でも自分たちが決めたことをやらせてくれました。
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